西澤 晋 の 映画日記

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2009年 03月 02日

ディープ・インパクト(1998) ☆☆☆☆

f0009381_138637.jpg監督:ミミ・レダー
脚本:マイケル・トルキン
    ブルース・ジョエル・ルービン
撮影:ディートリッヒ・ローマン
美術:レスリー・ディレイ
音楽:ジェームズ・ホーナー

出演:ロティア・レオーニ
    バート・デュヴァル
    モーガン・フリーマン

     *     *     *

この映画を話題にすると絶対比較されるのが『アルマゲドン』、でも、私に趣味からいって、こっちは語るに値しない映画になっちゃうのも、そろそろみなさん分ってきてるんだろうなあ。その映画から、アクションとギャグとオチを差っ引いた、残りの部分でどれだけ楽しめるかってことが、私にとっては大事なことなので、その点で『アルマゲドン』はなんにも見るべきものがないんですよね。 それにくらべて語る事があるのはこの『ディープ・インパクト』のほう。たしかに俳優の選択に勢いがないし、モーガン・フリーマンの大統領だとかなり弱い。個人的にティア・レオーニはけっこう好きだけど、この人ももうすこし線が太くないといかんなあ。それにこれがもっと演出力のある監督だったらもっと重厚な政治のドラマにできただろうにって思うんだけど、ちょっとミミ・レダーだと力不足かな。『アルマゲドン』なんかだと社会的厚味はそんなにいらない映画なんだけど、こっちのスタンスだとそれがかけないとどうにもならない部分があった。最近落ち目だけど絶好調のときのシドニー・ルメットなんか、やってくれたらよかったのに‥‥。

ま、確かに予算がなくって、それがこの映画の弱いところなんだけど、でもひっかかるやつがひとり。 シナリオライターのブルース・ジョエル・ルービン。 この人、<お通夜もの>を書かせたらすごい透明感のある話を描く。 透明感っていうのは、実に分かりづらい表現だけど、なんていいうか、清らかな美しさを描けるん人なんだよね。 彼の一番メジャーな作品といえば『ゴースト・ニューヨークの幻』だろう。 これも監督がもうひとつ力なくって、もう1つ高いレベルまでいけなかったけど、ドラマ的にはとっても楽しめるものになってた。 あんまりいい監督さんに当たらないブルースだけど、映像的に一番高水準なのは『ジェイコブスラダー』。これはもう、映像はのエイドリアン・ラインが監督やってるので画面的にはとっても素敵。ただ、これって、おおまかなお話がもうちょっとなんとかならなかったんだろうか? もうすこし、どこかが違ってたらけっこういい映画になってたのに‥‥。 あとは『ブレインストーム』『マイライフ』など。
そう、どれもテーマは<死>なのです。 さらり形容詞をつけるなら<美しき死>、たぶんこれが彼の描きたいものだと思う。
もっと具体的にいうと、“死なない為に何かをして、結局それを避けられなくって、醜く死ぬ ”んじゃなくって、“死ぬから、何かをして死にたい‥‥”その提示。 この『ディープ・インパクト』もそう。
その昔『日本沈没』(映画)のなかで、日本が沈むと分った時、ある経済界の実力者の老人が各方面の学者を秘密裏に集めて、これからどういう政策を取るべきか?という政府に提出するドクトリンをまとめさせるというエピソードがありました。その結果幾つかの模擬案が出来あがりその中には、日本人がそのままバラバラに世界中に散らばり、そこで日本という国を忘れて生きて行く方向性、あるいは日本がどこかの国で再び日本を作るための方向性、などが説かれていたのですが、その老人はもう1つの答があり、彼等(学者たち)のほとんどはそこに辿り着いたことも伝えます。
それは、

「何もせんほうが良い‥‥」

丹波哲朗演じる時の首相山本も、その答に納得するのですが、もし、全員を脱出させられなければ、そのときは、自分が生かす人間と見捨てる人間を選択してしまうことになる。その十字架が重いんです。彼は日本人脱出計画を遂行していきます。結果として、物語の中では日本人全部ととりあえず脱出させる事が出来たので、その十字架は背負わずに済む事になったのですが(それは『ディープ・インパクト』でもそうなのですが)、その途中経過においては、 それをその十字架を背負う覚悟を彼等はしたのです。 だから、その計画が実行できた。ブルース・ジョエル・ルービンは、これをさせてしまったってことが、とっても偉いなあって思うんだ。
少なくとも、『アルマゲドン』の監督さんや脚本家はそれだけの十字架を背負いきれなかったもの。だから騒がしいだけの映画になちゃったんだよね。 結局、作り手の魂が強くないと、魂の強いドラマなんて描けない。 強くないと優しくなれない。 この世の中は、総ての命が犠牲にならないようには出来ていないらしい。 そして、人のキャラクターとは、一言でいってしまうと、 捨てるものと、残すものを選択するある種の法則でしかない。 その決断をするってことが、自分が自分であるってこと。
私はキリスト教には縁もゆかりもないが、 ブルース・ジョエル・ルービンはとっても好きだ。 ねがわくば、もう少し恵まれた環境で仕事をしてほしいなあっと思ってしまう。

by ssm2438 | 2009-03-02 09:48


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