西澤 晋 の 映画日記

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2010年 05月 20日

コカコーラ・キッド(1985) ☆☆☆☆☆

f0009381_2124146.jpg監督:ドゥシャン・マカヴェイエフ
脚本:フランク・ムーアハウス
撮影:ディーン・セムラー
音楽:ティム・フィン

出演:エリック・ロバーツ
    グレタ・スカッキ
    ビル・ケアー

     *     *     *

この監督さんドゥシャン・マカヴェイエフ、この人の名前知ってたらかなりディープな映画ファンです。 だいたい名前からしてもう怪しい(笑)。
ドゥシャン・マカヴェイエフ‥‥。ユーゴスラビアの監督さんなのですが、かなり毒をもったアヴァン・ギャルドな映画をとります。イデオロギー的な体制批判の味をもち(個人的には体制批判は大嫌いなのですが)、性的/根源的な欲求を展開させつつ、風刺的な要素で支配され、一般的概念をぶち壊しにかかってきます。映画をみてても、“この人は何をもって「よし!」としてるのだろうか??”って疑問に思ってしまうシーンもしばしば。ただ、彼は大学で心理学をやってたせいか、人の心に何がひっかかるのか、知ってる人なんですよね。
描いてることは、かなりの赤裸々(肉体的にも、精神的にも)、別 の言葉でいうとお下劣。しかし演出力は飛び抜けて高い。画面 の作り方もけたたましく完成度の高い画面 をつくります。たまにある“H”なシーンだと、SEXに至るまでの見せ方が異様に艶っぽい。“なに、この人の見せ方は!?”って思ってしまう。 頭の奥の方で映画を見る人というか、この人の場合はそれも心の奥の方で映画を感じる人のための映画というか、にくらしいまでに感性を刺激するんです。
表面的にはかなりカルトでもそこに確かな技術があるから、そのアンバランスさが妙に魅力的、一言で言うなら体制批判的・お下劣・インテリジェント・風刺映画を撮る人です。 興味があったら一度ネットで検索かけてみてださい。で、その体制批判的・お下劣・インテリジェント・風刺映画の中でも、一番見易いかなって思われるのがこの『コカコーラ・キッド』。お下劣度があんまり高くない。一番さらりと綺麗に見られます。 ただ、彼の映画を見ようと思うと、まあほとんどのレンタルビデオ屋にはおいてないと思うので、ネットで中古ビデオを探すしかないんじゃないかなあ。

おおまかなあらすじを紹介すると、

「問題解決に有能な営業マンベッカ-を派遣。進学と経営学の学位 有り。  彼の話を聞け。怒るな。恐れるな。そして、驚くな」 のテレックスと同時にはオーストラリアのコカコーラ支社に派遣されてきたベッカ-(エリック・ロバーツ)。 彼女の秘書につくことになったのがテリー(グレタ・スカッキ、実は私のけっこう好きな女優さんの一人です)。 そして市場をちょうさしてると、コーラの売れられて無い地域があったりする。
「なぜ、ここではコーラが売られてないのか? 喉があること、飲み物は必要だ」問題の地域アンダーソン峡はジョージ・マクドウェル男爵の領地で、古くからの製造方法でコカコーラとよく似たソフト・ドリンク、マクコークというのを売り出していて、コカコーラを完全街ぐるみで閉め出している。かくして強大企業に対抗する地元産業の抵抗という販売競争図式はできあがり、ベッカーはコカコーラの大軍団を率いてアンダーソン峡に乗り込んで行くのだった‥‥。

最終的には、ジョージ・マクドウェルは自分の工場に火をはなって戦争集結、 ベッカーはそれをみて、競争社会から足を洗うってことになるんだけど、まあ、それはいいや。 ドゥシャン・マカヴェイエフの映画の魅力はストーリーよりも、シーンごとの見せ方が味。 ノーマルな絵のなかにアブノーマルな部分を入れ込む。あるいはアブノーマルな世界感のなかで一人だけがノーマル感覚でいたりする。 “こう見えてるこの世界がほんとに当たり前だと思っているのか? うん?”みたいな、 実は既成概念の挑戦的な破壊、しかし抜かりなくユーモアというオブラートに包んで、観ている人に受け入れやすく味付けしてある。
映像も基本的にオシャレ。オーストラリアの支社で、今後の運営方針を説明するベッカ-。部屋の電気を落し、シュワ~~~という音とともにグラスに注がれたコーラ。その広報から光を当てると、聞いてる人々の顔に暗褐色のコーラ色が投影され、彼等の顔のうえに炭酸の泡の影がたちのぼり、炭酸のはじけるジュワワワワ~~~~って音だけがかなりのボリュウムで流される。それだけで、コーラの味を思い出して、口のなかに生唾がでてきそう。こういう所では『フラッシュダンス』『ナインハ-フ』エイドリアン・ラインばりのCM的オシャレ画面 をみせてくれる。
そしてグレタ・スカッキがとっても素敵。ほんとに健康的に色っぽい。 SEXに至る時にあの艶っぽい見せ方は、ドゥシャン・マカヴェイエフ天下無敵。 いやらしくなく、でも色っぽく、爽やかに肉欲を描いてしまう。
基本的には<抑圧された環境(使命)からの魂の解放>がこの人のコアで、生産性は無い。 実に魂が消費者。 たぶんこのドゥシャン・マカヴェイエフ、この映画のグレタ・スカッキのテリーに代表されるような、 汐に流されるままのクラゲのような固執することない生き方を理想としてるんじゃないかと思う。 だからスピリット的には好きになれない人なんだけど、 でも、技術力とか頭の良さはとにかく凄い。

by ssm2438 | 2010-05-20 03:35 | D・マカヴェイエフ(1932)


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