西澤 晋 の 映画日記

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2009年 02月 09日

僕の村は戦場だった(1962) ☆☆☆☆☆

f0009381_1243760.jpg監督:アンドレイ・タルコフスキー
脚本:ウラジミール・ボゴモーロフ
    ミハイル・パパワ
撮影:ワジーム・ユーソフ
音楽:ヴァチェスラフ・オフチンニコフ

出演:コーリャ・ブルリャーエフ
    ワレンティン・ズブコフ
    E・ジャリコフ

     ×     ×     ×

画業界で映像詩人といえば、やはりこの人アンドレイ・タルコフスキーでしょう。
この人の映像はほんとに、水が好きで、氷のように冷たくて、 これで望遠で映像をとってくれてたら、総てにおいて私の趣味だったのに、 残念ながらレンズだけは広角~標準レンズなんですよね。 なんかそれが個人的には合わないような‥‥、これだけ冷たい画面 をつくるんだったら、 被写体とカメラの親近感を感じさせない望遠レンズでこそ、もっと冷たさがでるのにって思うんだけど。
最近だと、『ヒマラヤ杉に降る雪』のスコット・ヒックスがけっこう似たような味をだしてます。 もう2~3本みてみないとわかんないですけど、その結果 によっては21世紀の映像詩人の称号は彼に上げてもいいかもって思ってしまいました。 ちなにみ『ヒマラヤ杉に降る雪』、私は大好きです。 抱きたいのにだけない男のせつなさ。染みますね。

脇道に話がそれてきたので、もとにもどって、とりあえず『僕の村は戦場だった』のストーリー紹介‥‥しようかと思ったんだけど、うむむ~~、タルコフスキーものを語る時に、物語がそれほど意味があるのか?っという素直な疑問にぶつかったりする。確かにタルコフスキーものなかでは一番物語がある作品だといえるのだけど、それでも、それほど物語を語る必要はないようにおもわれる。というか、正直はところ、はっきりとその物語の内容を覚えていないというのが本音だったりする。
ほんとにざっくばらんに、お話を紹介すると、イワンという少年は故郷の村を戦火にやかれ、憎しみのために、心を捨てて少年スパイ兵として戦争に参加してる。そこには優しい将校さんとかがいて、なんとか彼を普通 のお子さまにもどしてあげたいと思うのだけど、彼の冷たい心は、そんなものでは溶かされることはなかった‥‥ってお話、、、かな?とにかくねえ、ほんとに凍えるようにつめたい心をもった少年なんです。まわりの兵隊さんたちは戦争をやっていてもまだ人間なのに、その子の心だけは、もう絶対解けることのないグリーンランドの大地の奥に眠る、氷河期の氷のように冷たい。

ドラマっていうのは、描きたいものがあったらその対角をきちんと描いてやるってのが基本。ファンタジーをやるならファンタジーをひたすら描くんじゃなくって、 現実の世界をきっちり描いてやって、そのなかでファンタジーを見せてやる。『ゴジラ』ってファンタジーを描きたかったら、現実の人間社会をきちんと描いてこそ、しっかりした映画になる。これが人間社会がいい加減な御都合主義で描かれていたらぜんぜん引き締まらない映画になっちゃう。 ピンクの背景のなかに赤いスポットをおいても目立たないけど、黒の背景のなかに赤いスポットをおくとよく目立つ、そういうことです。
この映画は、その冷たさを描く為に、戦争という背景にもかかわらず暖かい部分を描いてて、それに対比させてイワン少年の氷のような冷たさを描くからほんとの強烈。 まったくもっとその冷たさを鑑賞する映画。映像的には、もう素晴らしい。タルコフスキーだけじゃなくって、ロシアの大地もその映像美におおいに貢献してる。水面からのびる木々(←これはもう卑怯としかいいようがないくらい、映像的に素敵ですね)。白樺の森。かつてのその少年がいた村の風景、波打ち際を走る絵がとっても透明感があって美しい。あれって黒海周辺の村ってことなんだろうか??
このほかにも、 『惑星ソラリス』 『ストーカー』 『鏡』 『ノスタルジア』 『サクリファイス』…etc、 恐ろしいまでに眠気をさそう(笑)映画ばかり。 そのなかでも、この『僕の村は戦場だった』と『惑星ソラリス』はまだストーリーがあるかなって気もします。 「われこそは、アンチ・エンタテーメント映画派」って人は挑んで下さい。

by ssm2438 | 2009-02-09 17:08 | A・タルコフスキー(1932)


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