西澤 晋 の 映画日記

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2009年 04月 11日

クリエイター(1985) ☆☆☆

f0009381_053668.jpg監督:アイヴァン・パッサー
脚本:ジェレミー・レヴェン
撮影:ロビー・グリーンバーグ
音楽:シルヴェスター・リヴェイ

出演:ピーター・オトゥール
    マリエル・ヘミングウェイ
    ヴィンセント・スパーノ
    ヴァージニア・マドセン

     *     *     *

ヴァージニア・マドセン・スペシャル第2弾、『クリエイター』
なんと若かかりし、美しいヴァージニア・マドセンの健康的な水着姿、ヌードがみられるという優れもの(?)の作品。その後彼女のヌードはお目にかかれない訳ではないのだけれど、可憐系美少女として健康的にヌードを見せてくれたのは(それも一瞬チらじゃなくって、ある程度の時間)これが最初で最後。おまけにマリエル・ヘミングウェイのオッパイもにられるというサービス付き。
‥‥と、おじさんが書くと誤解を招きかけないのではっきり言っておくけど、とっても爽やかなハートウォーミグなロマンチック・サイエンス・コメディです。

ピーター・オトゥールふんする主人公の大学教授ハリ-は、その昔妻を亡くしてる。しかし、彼女の細胞は冷凍保存してあり、密かに大学の機材を使ってクローンを創ろうともくろんでいる。その卵子提供者を募集してヒットしたのがマリエル・ヘミングウェイ。
死んだ人のクローンを創ろうという話はよくあるり、そのどれもがどっか狂信的なこだわりをもったキャラとして設定されてるものだが、このハリ-はもっと健全なスピリットとして設定されている。例えるなら『天国から来たチャンピオン』ウォーレン・ベイティ演じるジョ-のようなキャラクター。オプチミスティックで、なんでもなせばなる!って思ってて素直にその方向性で物事を実践して行く結果そこに辿り着くタイプ。西澤の大好きなキャラです。結論からいえば、本編中ではこの試みは失敗に終わるんだけど、倫理的な問題よりも、目的に向かってオプチミスティックに進むハリ-の人柄 にスポットをあててる作品。
「昔の奥さんを愛してたのは判るけど、あんたのそばにはこんなに若くて生きのいい女の子がいて、しかも、そんな変態おやじでもいい‥って言ってる女の子がいるのよ。とっとと乗り換えちゃいなさいよ」って迫ってるのがマリエル・ヘミングウェイ。
その一方でハリ-の助手をしてるビンセント・スパノは一目惚れしたヴァージニア・マドセンと仲良くなっていく。

このヴァージニア・マドセンがまたいいんだ。
どうしても清純派系を絵にすると、SEXとか同棲とかにためらいをもってるようなキャラになりがちなのだが、この物語のなかの彼女はそんな定義があてはまらない。惜し気もなく男と一緒に住みはじめ、惜し気もなくヌードも披露する、でも可憐な清純派 美少女を作り上げてるのだ。
その後『スランダム』とかで悪女系でヌードとかも披露することもあるのだけど、 ある意味普通 の女優すぎてつまらないというか‥‥、ほとんど魅力を感じないものでしかなかった。


この『クリエイター』『エレクトリック・ドリーム』で作り上げられた、好きな人とのつながりを素直にも求めて、それが全然いやらしくなく、ひたすら可憐で純情派美少女キャラになってしまうヴァージニア・マドセンの魅力は底知れないなにかがあった。
私自身、めちぇめちゃヴァージニア・マドセンが好きってことでもないのだけど、この2つの映画の彼女が演じた女性は、女性の素敵なとこばかりを映像化した男性にとての美しい偶像であり、だからこそ私を含めたほとんどの男の憧れになりえたのだと思う。このあと、やたらと悪役が増えてくるのだが、たぶん、その男性の偶像化されたネタになるのを本人がとても嫌ったからではないかと推測したりする。
しかし、現実にその女優のイメージが強烈にのこるのは、これらの男性の偶像化された女性を演じていた時のイメージであり、オードリ-・ヘプバーンのようにそれを延々に続けた人もいる。そして彼女の偶像たるや凄まじい巨大オブジェのようになり映画史のなかにその名を刻み付けてるのも事実なのだ。
ヴァージニア・マドセンに関して言えばはこの2つの映画以上に彼女の魅力を出せた映画があるとは思えない。

by ssm2438 | 2009-04-11 17:44


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