西澤 晋 の 映画日記

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2009年 05月 02日

オルカ(1977) ☆☆☆

f0009381_5402129.jpg監督:マイケル・アンダーソン
脚本:ルチアーノ・ヴィンチェンツォーニ
    セルジオ・ドナティ
撮影:テッド・ムーア
音楽:エンニオ・モリコーネ

出演:リチャード・ハリス
    シャーロット・ランプリング
    ボー・デレク

     *     *     *

たぶんここで書かないと永遠にこの映画にかんして触れる事はなさそうなので、このさいマイケル・アンダーソンつながりで書いておこう。この『オルカ』という映画、良い映画か?といわれるとうむむ??なのであるが、妙に好きな映画なのだ。
当時『ジョーズ』の大ヒットをかわきりに世界各地で動物があばれまくっていた。山の中では熊が人を襲い、街ではハチが暴れ、ミミズまで人類に反逆した。海ではタコが、河ではワニやピラニアが‥‥。
そんな中でちょっと違うテイストをもっていたのがこの『オルカ』。
そう、この映画を『ジョーズ』の亜流に位置づけるのはちょっと違うような気がする。ある人はこれを『白鯨』になぞらえるが、‥‥確かにそうだけど私的にはマカロニ・ウエスタンなのだ!
音楽もエンリオ・モリコーネだし。

監督の マイケル・アンダーソン、はっきり言ってそれほど凄腕の監督さんではない。第二次世界大戦ものなどはそこそことっていたのだが、きわめてアベレージの映画だったような。でどういう因果か『2300年未来への旅』なんて映画をとるはめになった。どうも彼のキャリアを考えると的外れな人事だったような気がするのだが、やはり的外れだった。基本的にこの人セット撮影は下手なのだと思う。というか何をやってもそれほどすごく上手いところはないのではあるが‥‥。そんなマイケル・ダメ監督・アンダーソンなのだが、妙にこの映画だけははまってしまった。

ストーリー的には主人公をけっこう追いつめてる。
基本構造は『マッドマックス』の逆パターン。暴走族に妻と子供を殺されたマックスは必要に暴走族を追いつめていく‥‥のリバース。シャチの母と子供を殺してしまうのがリチャード・ハリスで追いつめていくのがシャチ。しかしシャチに因縁つけられたって陸に上がってれば安全じゃんって思うんだけど、そこをストーリー展開の妙でやっぱり海に出て行かざるおえないシチュエーションをつくってしまう。これ、マイケル・アンダーソンの力ではなく脚本家のイタリア人の力ではないかと思っている。
‥‥で、しらべてみるとルチアーノ・ヴィンセンツォーニは古くは『鉄道員』で脚本デビュー。おおー、ピエトロ・ジェルミ! その後セルジオ・レオーネ&クリント・イーストウッド『夕陽のガンマン』などを手がけている。セルジオ・ドナーティしかり。
マカロニ・ウエスタンといえばやはり『続・荒野の用心棒』フランコ・ネロ&セルジオ・コルブッチ。馬の蹄でぼこぼこに両手を踏みつけられ(たぶん複雑骨折、シリーズか不能と思われる、でもやっぱりシリーズかされるのだけど)、どうやって戦うんだ???というなかでもタウンの人は誰独り助け舟をださない。一人で追い出されるように悪漢たちに立ち向かうジャンゴ。そして火を噴くガトリングガンのカタルシス‥‥っと、全然関係ない方向にいってるなあ。
いかんいかん。とっととストーリー紹介。

なんでもオルカは一夫一婦制で、生涯結婚をつらぬくらしい。そんなオルカの生け捕りをめざすノラン(リチャード・ハリス)は海洋学者レイチェル(シャーロット・ランプリング)に反対されながらも捕鯨用具を積み船出する。間もなく1匹のオルカを発見、捕らえようとするがスクリューにからまに大量出血、瀕死の重傷。なんとかロープを巻き付けて吊るし上げるがそのオルカは妊娠していたらしく胎児を産み落し死んでしまう。この時から母と子を殺されたオルカの復讐が始まる。
港につくと失われたクルーの弔いのために教会でいのるノーラン。
罪悪感を感じるノーランはそのあと神父に問いかける

「相手が動物でも罪を犯すことになるのですか?」
「罪は自分自身に犯すものです」

修理のため港に碇泊中のバンポ号をねらうかのように、港内の漁船はオルカによって沈められ、港のパイプラインは切られて火災が起こる。10点満点の女ボー・デレクもオルカに足をくいちぎられてしまう。
「おまえたちは災いのもどだ! ガソリンだけはやるからここからでていけ!」とばかりにと追い出されるように出て行くノランたち。もはやオルカと対決しかない。
そんなノーランについていくことにするレイチェル。

「あなたはあのオルカの敵かもしれないけど、だからといって彼の望むものを差し出さなければならない理由にはならないわ!」

この映画のすばらしところはここだと思った。
たとえ自分が誰かの敵であり、彼に対して罪悪感をもっているとしても、それでも人は自分の存在のために戦わなくてはならない生き物である・・と。

ある日、オルカはバンポ号の前に姿を現わし、北氷洋へと誘いこむ。大きな氷山が行く手をさえぎり、燃料は底をついた。そしてやがて襲っているオルカ。戦うノラン。クルーは徐々にオルカに排除されていく。そしてノランもまた‥‥。戦いに勝利したオルカも傷おい去っていく海は氷にとざされている。
酸素を得られない氷の下ではオルカとて生きていく事はできない。

この映画のいいのには、オルカもまた死を覚悟して北の海で最後の戦いをもとめたところにある。この男と男の対決が『オルカ』の魅力なんだろう。
おお、マカロニ・ウエスタン! 燃える!

人は誰のためのいきていくのか?
・・それは悲しいまでに己のために生きていくもの。

罪は誰にたいしてするものなのか?
・・それは己の良心に対してのみ。

残酷なまでに自分をみつめなおさせてくれます。
しかし、それでもそこにあるドストエフスキー的愛。

この映画は残酷さと背中合わせの愛の映画だとおもう。
素晴らしい。


そしてこの映画に関して今ひとつ付け加えておかないといけないのはシャーロット・ランプリング。彼女で一番有名なのはリリアーナ・カバーニ『愛の嵐』だろう。知的で、どっか謎めいていて、退廃的なあのムード、幸せが絶対似合わないあの細い唇と緑の瞳。堕ちていく男にしか惹かれない哀れさ。がりがりでけっして美しいとはおもえないのだけど、なんだか好きな女優さんなのだ。

by ssm2438 | 2009-05-02 03:22


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