西澤 晋 の 映画日記

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2009年 05月 22日

スパングリッシュ 太陽の国から来たママのこと(2004) ☆☆☆☆

f0009381_5364051.jpg監督:ジェームズ・L・ブルックス
脚本:ジェームズ・L・ブルックス
撮影:ジョン・シール
音楽:ハンス・ジマー

出演:アダム・サンドラー
    パス・ベガ
    ティア・レオーニ

     *     *     *

再びジェームズ・L・ブルックスの登場である。このページで『ブロードキャスト・ニュース』をその昔紹介したのだが、あえてまた同じ監督さんを紹介。いや~~~~~~~~~~~、良かったよ。これこそシナリオまわしの達人といいましょうか、四つ星レストランの高級シェフの料理といいましょうか‥‥すごいです。久々にこういう圧倒的上手い技術力とそれが生み出すハートフルな画面をみせられると心がなごんでしまいます。

しかしこの映画、上記のスタッフだけ見ててもなんだかいいですね。って私の趣味だけかもしれないけど。監督/脚本はジェームズ・L・ブルックス。この人のシナリオまわしは絶品で、といいつつ先の『恋愛小説家』はちょっと私的にはイマイチだったのですが、その前の『ブロードキャスト・ニュース』は大当たり。あの時の感動が今再びって感じでした。
そして撮影はジョン・シール。最近ケーブルで『愛は霧の彼方に』やってて“ああ~~、ジョン・シールだ”と想ったりしてたので実はそんなに懐かしくはないのですが、彼の画面を意識してみたのは久々かもしれない。個人的には『刑事ジョン・ブック』が彼の中では一番好きで、あの時にちょっと湿っぽい画面が大好きでした。その後『レインマン』とか『今を生きる』とかやってましたけど、この人はやっぱり『刑事ジョン・ブック』と『今を生きる』かな。みずみずしい画面のほうが彼の良さは出ますね。今回のお話はちょっと明るめのからっとした環境だったので実はあんまりジョン・シールの良さはでてなかったような気がしますが、それでも彼は私の好きな部類の撮影監督さんのひとりです。てなわけでちょっとひいき目。
そして音楽はなんとハンス・ジマー。ちょっとびっくりです。ハンス・ジマーどうしてもいけいけ音楽をイメージしてしまうのですが、今回はハートフルなしっとりめでした。
キャスト的にはティア・レオーニ。密かに好きです(苦笑)。
アダム・サンドラーが顔出してるのはちょっとびっくりでしたけど、なんだかおいしい役所なのでびっくり。というか、あってるのかもね。

<あらすじ>
どうもジェームズ・L・ブルックスは、ドラマの頭で主人公の女を泣かせるのが好きらしい。いろいろ悩みがある時、あるいはその不安への対処を考えたりした時とたんに感情が溢れ出して泣いてしまうのだろう。それで感情を整理する、そんなキャラクターが好きらしく『ブロードキャスト・ニュース』の時もホリー・ハンターが物語の冒頭のキャラクター紹介のところろで同じように泣いていた。ひとしきり泣くと「さ、いくぞ」ってその日をスターさせるのである。今回の『スパングリッシュ』でもこの感情整理のための泣きを採用してる女性としてフローラを描いている。
そんなフローラは一人娘のクリスティーナと一緒にLAに越して来る。英語が話せないフローラだが、リッチなクランスキー一家のハウスキーパーとして働き口を得る。この家族と接する時に冒頭のシーンはすごく好き。
なんでも想った事は理詰めて強引に築きあげてしまう主婦ティア・レオーニ、けっこう自分とダブってしまう。強引な性格なんだけどけっこう憎めないキャラクターに描いてる。というか、たぶんジェームズ・L・ブルックスが自分自身を切り売りしてそれぞれの登場人物に当てはめてるのだと予想するのだけど、だからやっぱりどのキャラクターも比定出来ないいい人になってしまうんだよね。
このフローラ、彼女の名前はティア・レオーニだけなかなか言えないんだけど、まあ、いいやですまさないで、フローラもがんばって発音の仕方を教えて(通訳をまじえながら)で、それをいやがらずにティア・レオーニもやって、言えちゃうんだよね。こんなめんどっちいこと、あとで練習するからいいやってしてしまいがちなところをその場で完了させてしまうティア・レオーニも、フローラもすごい。このシーン見ただけでもう、この映画は名作だ!って確信してしまう。

ハートフルな展開がちらほらあってフローラもなんとクランスキー一家に馴染んでゆき、夏は娘のクリスティーナと一緒に別荘で過ごすことになる。でも、使用人とその家の主人、心が近くなりすぎると居心地も悪くなったりする。このへんの描写はすごいね。本音ががしがし出ててとっても関心されらてしまう。
で、たぶんジェームズ・L・ブルックスが一番やりたかった通訳グレグレシーン。その一家はみんないい人なんだけど、娘のクリスティーナよくしてくれてだんだんと違う人になっていきそうになる不安感、不快感を感じてしまうフローラ。ティア・レオーニがフローラになんにも言わず娘を蚤の市につれだし、おまけにヘアスタイルまで換えてしまったのに端を発し(もちろん娘は大喜び、善意なんだけどなんだか不快感が増して来る)、父役のアダム・サンドラーは、店に出す料理のアレンジの素材として海岸に打ち寄せられて石のように丸くなったガラスのかけらを集めて来たらご褒美に1個につき◯◯ドルあげると子供たちに言ってしまった。みんな2~3個しか拾ってこないだろうっておもってたら案の定クリスティーナはくそまじめに探し込んでしまい、フローラの1ヶ月分の給料くらいの数を集めて来てしまった。
こまってしまうアダム・サンドラー。でも嘘をつく訳にも行かずそのお金を払ってしまう。もちろんクリスティーナもこれは全部もらっては悪いだろう‥‥って思ってしまうが、実際にそう申し出たのだが、かといってそれで引っ込められない大人の善意というのもわかるし、善意と善意の板挟み状態、
それをみつけたフローラがOKするわけもなく「返して来る」の展開に。こういう居心地の悪い善意がすこしづつ累積してついにフローラが爆発。さらにはアダム・サンドラーも「そうだよ、これは自己満足のためさ、偽善だよ。でも君だって同じことをしたさ」逆切れ。お互いが善意からでてくる不快感でなじり合い、それを娘が通訳するからおかしい。本来はそんな会話は娘にはきかせたくないんだけど都合じょうそうなってしまった気恥ずかしさ。でも始まってしまった以上とりあえず言ってしまわないと‥‥みたい妙はこっぱずかしい口論がとっても楽しい。書いていたジェームズ・L・ブルックスはのりのりでこのシーンは書いてただろうなあって思ったよ。

ほかにもおいしいシーンはてんこもりなんだけど、とにかく会話劇の楽しさ、本音トークの見え隠れがたまらなくすてき。
やがてティア・レオーニの浮気が発覚。思考能力ゼロのアダム・サンドラー。その日は別のトラブルがもとでフローラが「辞める」って言い出した。
どうまとめるっておもったら『バベットの晩餐会』方式かい? 男が女に料理をつくってあげる/男が女の髪をあらってあげる‥‥はけっこう高品位のおしゃれ演出なんだよね。

by ssm2438 | 2009-05-22 03:53 | J・L・ブルックス(1940)


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