西澤 晋 の 映画日記

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2009年 06月 22日

フィツカラルド(1982) ☆☆

f0009381_16154214.jpg監督:ヴェルナー・ヘルツォーク
脚本:ヴェルナー・ヘルツォーク
撮影:トーマス・マウホ
音楽:ポポル・ヴー

出演:クラウス・キンスキー
    クラウディア・カルディナーレ

     *     *     *

先の『フレンチ・コネクション』、そのキーワードは「執念」と「ドキュメンタリー的リアリズム」であろう。しかしこの2つの言葉を共有するまったく別のテイストの映画があることを知ってる人は‥‥、実はあまりいなかったりする。この映画『フィッツカラルド』、ニュージャーマンシネマの旗手ベルナー・ヘルツォークが撮った実に壮大な愛すべきド阿呆映画である。

「出来る事で映画を作る」というのはある意味リアリズムの基本ではあるのだが、それではスケールの大きなものは映画に出来ないことになる。そこで我々はその昔は<特撮>と呼ばれ、現在では<CG>と言う言葉に変わり、それをもって架空のスケール感を表現する小細工をするのである。しかし所詮は嘘の造形物であり、よほどの技術者でなければそれ本来在るべき重量感として演出することは出来ないものだ。どんなにリドリー・スコットが頑張っても、ルドガー・ハウワーに指を折られたハリスン・フォードフォードが鉄骨にぶら下がっててもその高さから来る恐怖は描ききれてはいないし、その高さなどはほとんど感じない。観てる側が「ああそうなんだ」と理解して上げる事によって成り立つ画面なのだ。
しかしこれが一昔まえのスペクタクルものだと意地で器を大きくしてそのスケール感をだしている。『ベン・ハー』の戦車(馬車の戦車のことだか)のトラック競技には度肝をぬかれる。よくこんな画面が撮れたものだと感動さえ覚える。そこには決してCGでは表現出来ない本物感がある。
それでも「ピラッピッドを作る映画を作ろう!」といって実物大のピラミッドを造ってそれを映画にとる馬鹿はいない。映画とは実際それをしないでそれらしく見せるのが映画なのだから。
しかし‥‥ここに一人の大バカ者がいた。彼の名はベルナー・ヘルツォーク。こいつは、実際それをやってしまってそれを撮るのである。在る意味映画作家としては無能とも言えるし、これが正統派の映画の撮り方だとは決して思えない‥‥が、ひとりくらいこのような大バカ者がいてもいいだろう。その代表作が『アギーレ/神の怒り』でありこの『フィッツカラルド』なのだ。

私も映画ファンの端くれ、在る程度の映画はみているのだが、知っていても観ていない有名な映画というのも腐るほど在る。その中のひとつがヘルツォークものだったのだ。で、『アギーレ/神の怒り』のDVDが発売されると早速買ってみた。みてみるとやたら同じタイミングで画面が乱れる。なんで??? これ不良品???と思いむかついて捨ててしまった。後に分かった事だが、DVD→ビデオデッキ→TVと直列に繋いであったのでコピーガードが働いてそうなっていたのだ。
そんな事をしていると吉祥寺のバウスシアターというマイナーな映画を良くやる映画館でなんと『フィッツカラルド』をやるというではないか。よくこんなのやるなあ、誰か見に行くやからがいるのだろうか?と思ったりしつつ見に行ったのがこの映画だった。はじめは映画だったような気がしたが、途中からドキュメンタリーを見せられているような感覚に陥った。

「フィッツカラルド」というのは、「フィッツジェラルド」というこの物語の主人公(クラウス・キンスキー)の名前なのだが、現地の人たちはきちんと発音出来ないらしく彼を「フィッツカラルド」と呼んでいる。それがこの映画のタイトルになっている。

時は19世紀末。ブラジルのある街に有名なオペラ歌手エンリコ・カルーソが公演にくる。オペラの大ファンの主人公フィッツカラルドははるばるペルーからこボートを漕いでやってくる。一応紳士らしい身なりではあるがもう汗と泥でよごれたしわしわの服を着たこの男。これだけでもアホである事が分かる。そんな彼はこの南米の地に文明を開くことを夢をみて、このパルーに入植しアンデスに鉄道を敷設しようとして努力していた。しかし計画は失敗に終わり破産した。今はペルーの田舎町で水上生活をし、氷り屋を営んでなんとか生計を建てていたが現地の白人社会では彼のことを奇人とみなしていた。
そんなフィッツカラルドはそのオペラを聴き、ペルーにもオペラ・ハウスを建てようと決意した。現地にはゴムブームでもうけた成金たちがブルジョワな生活を営んでいた。そんな彼等に支援を要請したが成功する見通しもなく断られる。そこで彼は、前人未踏のジャングルを切り拓いてゴム園を作り計画を立て、誰も手を付けていないジャング奥地の土地の購入した。資金と川をのぼる中古船を買う金は彼の良き理解者でじもとで売春宿を経営するモリー(クラウディア・カルディナーレ)が出してくれた。

彼のゴム園用地は急流で途中に激しい瀬のあるウカヤリ川(ペルーの奥地からアンデスの南側を流れブラジルに入りアマゾン川に合流する)上流にあった。船で直接行くことはできず、今まで用地が売れていなかったのもそのためだ。彼は船をパテリア川(ウカヤリ川と並列にならんでい川。アマゾン川の支流の一つ)に進めるよう船長に命じる。
フィツカラルドは、ウカヤリ川に急流があって船が上れないのなら、パテリア川を上り、途中で2つの川がもっとも近くなっている場所で山を越えて船をウカヤリ川に戻してやれば良いと考えていた。実にたわけた考えである。で、実際にこの映画では、南米奥地の山をダイナマイトで切り開きレールを敷き、現地人を雇い、貨車を作り人力で船を引きずり上げる。もうここまで来るとフィクションなのかドキュメンリーなのか分からなくなって来る。映画にためにやってるはずなのにそれ自体が目的になり、それをカメラが撮っている。
半年以上の時間を費やしレールと滑車が完成、まるでピラピッドを作るファラオの奴隷のように現地人たちがよってたかって巨大な滑車を人力でまわし、おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお~~~、あの船が山登っとおる登っとおる! ジワリ、ジワリと船が山の中を引きづり上げられていくのである。そしてついに船は反対側のウカヤリ川に浮ぶのだった。

祝杯をあげるフィッツカラルドたち。その夜船で寝ていると原住民たちはその船のともづなを斬りウカヤリ川の激流に流してしまう。その作業において死者も出していた原住民たちは自然の荒ぶる魂を抑える為にその船を生け贄として川に返したのだ。
激流の中を木の葉のように流されて戻っていく。船体は岩に何度となく激突しぼろぼろになっていく。
それでもなとか地元の街に戻ったフィッツカラルド。計画は水の泡とかしたが、彼はその船を地元の成金白人に売り、その金でオペラ一座をやとい、一度だけの船上オペラを上演する。自己陶酔のフィッツカラルドであった‥‥。


この物語の主人公も気狂いなら、それを演じたクラウス・キニスキー(実はナスターシャ・キニスキーの父)も気狂いであり、この監督のフェルツォークも気狂いである。

パテリア川を昇る時、現地民に恐れすスタッフをよそにフィッツカラルドはでっかい蓄音機でエンリコ・カルーソのオペラの歌声を流しながら川を上っていく。自然の力は強大であると理解した上で、さらにそれに挑む魂がそこにあるのである。たとえ打ち負かされても挑まないと気がすまないのである。「人は大自然には勝てない、自然に抱かれて生きるものだ」なんておきまりの概念はどうでもいいのである。「それが巨大な力なら、文明がそれに挑んで何故悪いのだ、やってやる!やってやる!やってやる!!」とこの物語の魂はそう叫んでいるのである。
燃える!!
なんとすごくて、アホで、素敵な映画だ!

by ssm2438 | 2009-06-22 16:08


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