西澤 晋 の 映画日記

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2009年 08月 23日

エクソシスト(1973) ☆☆☆☆☆

f0009381_1301058.jpg監督:ウィリアム・フリードキン
原作:ウィリアム・ピーター・ブラッティ
脚本:ウィリアム・ピーター・ブラッティ
撮影:オーウェン・ロイズマン
音楽:マイク・オールドフィールド
    ジャック・ニッチェ

出演:エレン・バースティン
    ジェイソン・ミラー
    マックス・フォン・シドー
    リンダ・ブレア

        *        *        *

この映画はそんじょそこらのオカルト映画とはわけがちがう。リアリズムの巨匠ウィリアム・フリードキンがやったのだからそれはそれはすごいすごい。オカルト物をドキュメンタリータッチで撮れるひとは彼しかいない。しかし勘違いするなかれ。げろげろシーンがリアルなのではなく(むしろそこは今見るとかなりチープだ)、この物語をとりまく社会の描き方がリアルなのだ。

たとえばゴジラ映画をファンタジーとして撮るか、社会派パニック物として撮るかを考えてみよう。
もうこの社会にゴジラという静物がいるとみんなが信じている社会を撮ればファンタジー映画になる。しかし、そこに登場する人物が延々ゴジラという存在を決して信じてないように撮れば、それは社会派パニック映画になる。ゴジラが船を沈没させても「ええ、ゴジラ、そんな馬鹿な、高波に呑まれて沈んだんじゃないのか」ってゴジラの存在なしに解釈しようとする。テレビ画面にそれが見えたとしても「そんなのテレビ局がおあそびでCG合成したんだよ」って絶対に信じないスタンスを社会全体でとり、それが本当に現れたときどうしたらいいんだ???ってパニックになれば社会派パニックの出来上がり。
この『エクソシスト』という映画は後者のスタンスで、それもドキュメンタリータッチな雰囲気で作られている。

クリス・マクニール(エレン・バースティン)の娘リーガン(リンダ・ブレア)に異常現象がおき始めるがそれがなぜなのか判らない。娘の精神錯乱なのか、精神分裂病なのか、それとも筋肉組織がひきつけをおこしているのか・・、精神病院から医療機器のおいてある大学病院までたらいまわしにされるがその原因はわからない。
最後のそのの医療チームのドクターの一人が「このさいエクソシズム(悪魔祓い)をやってみては?」と提案する。彼が言うには、それをやってやれば、自分に悪魔が取り付いていると信じている彼女の脳が精神的に開放されるのではないか・・というもの。ようするに悪魔の存在なんて信じていないわけだ。

それでもそれしか手がないのならとカラス神父(ジェイソン・ミラー)に相談するクリス。文献をしらべてみると最後に教会がエクソシズムを行ったのは16世紀だとか。それにエクソシズムを行うには、それが確実に悪魔のせいであるという証拠を提示しなければならない・・という規則があるという。要するに教会も悪魔なんて信じてないわけだ。
しかしリーガンと接するうちにカラス神父も悪魔が実在することに気づき始める。そして彼女がだすうめきのような音声を録音、専門家に分析させる。結果、それは人間の言葉だとわかる。それも5ヶ国語であり、それをリバースで言葉にしているのだ。それを受けて教会もエクソシズムを認可する。
主任エクソシストはメリン神父(マックス・フォン・シドー)、アシスタントをカラス神父が勤めることになる。

またここからの二人の神父と悪魔との戦いが素晴らしい。ひたすら根性の綱引き。ミラクルパワーなんてでてきやしない。
「怨霊退散、怨霊退散」、しっしっ!(と聖水をまく)
「怨霊退散、怨霊退散」、しっしっ!(と聖水をまく)
ひたすらそれを根性の限り続ける。うめきまわるリーガンと悪魔、室内は地震か竜巻のような惨状。
カラス神父が母との関係に弱みを見せ、そこへつけこむ悪魔。
ひとまず部屋から退散する二人。
一服するとまた戦場にもどっていくメリン神父。中ではまた
「怨霊退散、怨霊退散」、しっしっ!(と聖水をまく)
「怨霊退散、怨霊退散」、しっしっ!(と聖水をまく)の繰り返し。うめきまくる悪魔。
根気と根気の勝負。
そんなメリン神父も心臓発作で死んでしまう。さすがに悪魔も疲労しているようだ。
そんなリーガンにつかみ掛かかるカラス神父、
「俺の中に入って来い!俺の中にはいってこい!」っとリーガンから悪魔を自分の中に呼び込み、そのまま窓を突き破り高台から転げ落ちて絶命する。

この映画のすごいところは、人間の根性が、悪魔の根性に勝った!という点。他のオカルト映画だったら呪文がどうとか、なんかのアイテムをどこかにはめ込めだとか、そんなんばっかりだけど、この映画は悪魔の駿年と人間の執念のガチンコ勝負。それで人間の執念のほうを勝たせてしまうところに素晴らしさがある。

オカルト映画とは名ばかりで、強烈な人間の精神賛歌だと私は思っている。すばらしい!!

by ssm2438 | 2009-08-23 11:58 | W・フリードキン(1939)


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