西澤 晋 の 映画日記

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2010年 09月 10日

波止場(1954) ☆☆☆☆

f0009381_11233039.jpg監督:エリア・カザン
脚本:バッド・シュールバーグ
撮影:ボリス・カウフマン
音楽:レナード・バーンスタイン

出演:マーロン・ブランド
    エヴァ・マリー・セイント
    リー・J・コッブ
    ロッド・スタイガー

        *        *        *

怒涛の村八分もの。やっぱり村八分ものはいいですな。たとえ社会がどうであろうと、俺はこうするんだ!!みたいな強い意思があり、社会からの圧迫と自分の意思のせめぎあい。ドラマとしての基本中の基本でしょう。そして3番の陪審員リー・J・コッブはやはりこの時代の誰もが知っている悪役の代名詞だった。

ジョニー・フレンドリイ(リー・J・コッブ)の暴力によって支配されているニューヨーク港。そこでの仕事は彼によって分配させるので、彼に逆らうものは仕事にありつけないのだ。ある夜、労働者のひとりがジョニーの子分チャーリー(ロッド・スティガー)に謀殺された。彼の弟のでやはりジョニー一派のリー(マーロン・ブランド)も片棒をかついでいた。
事件はうやむやにされそうになるが、波止場の正義派バリー神父(カール・モルデン)や殺された労働者の妹イディー(エヴァ・エヴァ・マリー・セイント)はこれを非難、それを快く思わないジョニー一味は教会を襲う。その場に居合わせたイディーはテリーに救けられた。イディーに心をよせるテリーは、バリー神父の忠告に従ってイディーの彼女の兄が殺させたいきさつを告白するテリー。しかしジョニー一味からの圧迫は強くなく。一切の秘密を口外するなと脅させるが、聞き入れなかった。そのためテリーの兄のチャーリーも殺させた。間もなくジョニイ一味は、2つの殺人事件について法廷で尋問されテリーは彼の犯罪事実を証言した。翌朝波止場にあらわれたテリーは、労働者仲間から卑怯者として村八分にさせる。誰もテリーを守ってくれない。ジョニーの子分たちにぼこぼこにさせるテリー。しかし彼は渾身の力をふりしぼって立ち上がり、仕事場へむかう。静かに道をあける労働者たち。先頭に立って仕事場へむかうてリーのあとに他の労働者たちもつづいていく。
ジョニーの支配がおわった。


やはりエリア・カザンに関しては、あの赤狩り時代の名簿告発事件がのちのちまでバッシングされていることは有名。すこし経歴を紹介しておこう。
トルコのギリシャ人家庭に生まれたカザンは4歳のときにアメリカに移住、演劇を志すが1930年代の半ばごりに短期間ながらアメリカ共産党に席をおいていた。第二次世界大戦が終わり、ソ連との冷戦状態にはいっていたアメリカでは「赤狩り」が万延、共産主義的思想の芸術家や文化人は糾弾され仕事をほされていた。元共産党員だったカザンも共産主義者の嫌疑がかけられ、カザンはこれを否定する。しかし演劇界・映画界において精力的に活動を続けられる立場を得るためには司法取引をすることになり、当時共産主義思想の疑いのある者として友人の劇作家・演出家・映画監督・俳優ら11人の名前を同委員会に表した。そのなかには劇作家・脚本家のリリアン・ヘルマン、小説家のダシール・ハメットなどの名もあった。
1998年、エリアカザンは長年の映画界に対する功労にたいしてアカデミー名誉賞を与えられることになったが、赤狩り時代の行動を批判する一部の映画人からはブーイングを浴びた
リチャード・ドレイファスは事前に授与反対の意思をあらわす声明を出し、ニック・ノルティ、エド・ハリス、イアン・マッケランらは受賞の瞬間も硬い表情で腕組みしたまま沈黙の抗議、スティーブン・スピルバーグ、ジム・キャリーらは拍手はしたが、席を立とうとはしなかった。通常、名誉賞の授けられる瞬間は全員が起立し祝福の拍手が慣例のため、会場内は異様な空気に包まれた。私もそのシーンをテレビでみていたが、腕組みしてたたないエド・ハリスの映像はかなり衝撃的だった。

by ssm2438 | 2010-09-10 08:59


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