西澤 晋 の 映画日記

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2008年 12月 21日

群衆(1941) ☆☆☆☆

f0009381_19533883.jpg監督:フランク・キャプラ
脚本:ロバート・リスキン
撮影:ジョージ・バーンズ
音楽:ディミトリ・ティオムキン

出演:ゲイリー・クーパー
    バーバラ・スタンウィック
    ウォルター・ブレナン

        *        *        *

キャプラのなかではこの映画は一番好き。最後ハッピーエンドにしないところも好きだし、バーバラ・スタンウィックはかなり好み。ジーン・アーサーがキャプラのヒロインとしては多いのだろうけど・・私の好みとしてはこちらです(笑)。でもこれらは表面てきなもので、根幹的なところは普遍のテーマに至ってしまってるところが好き。
ちなみに原題は『ミート・ジョン・ドウ』であり、この「JOHN DOE」というのは「名無しのごんべ」さんのこと。匿名希望で文章を投降するときなど使うアイテム。

不況がつづくなか、某新聞社の女性記者アン(バーバラ・スタンウィック)そのあおりをくってリストラの対象になった。憤慨した彼女は、ジョン・ドウの署名で「この嫌悪すべき世界に抗議するため、自分はクリスマス・イヴの真夜中、市公会堂の塔上から飛下りて自殺してみせる」という記事を書いて社を飛び出した。ところがこの記事が反響をよんだため、新編集長コネル(ジェームズ・グリースン)は考える。ジョン・ドウなる人物を実際に仕立て上げ、そいつに怒りをぶちまけさせ、彼女が毎その記事を書かせたらどうか・・と。
募集記事を出すとジョン・ドウ志願者はフロアいっぱいに集まった。彼女はジョン・ウィロービー(ゲイリー・クーパー)という田舎リーグの投手を彼に選んだ。不満を表現する自殺志願者としてラジオに出演するジョンは国中の人気者になってしまう。しかしウィロービーは約束(自殺すること)を遵守する必要はない。大晦日の期限が迫る前に何処かへ消えてしまえばいい・・というものだった。目先の華やかな仕事がおわるとふたたび彼はオレゴンへと帰っていった。
しかしそこでもジョン・ドウは民衆の偶像になっていることを知ると、かえって彼はジョン・ドウとして立ち上がらなければならぬと思いはじめ。彼が言葉を発すると今の社会に不満をもった群衆が彼の言葉をフォローする。正しい政治のありかたを説くと群衆はわきたつ。いつのまにかジョン・ドウはおおきな政治運動へと変化をつげていたのだ。
やがて民衆の力は結集、ジョン・ドウ全国大会が開かれる直前、この運動が社長ノートン(エドワード・アーノルド)の選挙運動の手段であることを聞いかされる。大会で一切の真相を暴露するといいはなつジョンは会場にのりこみ事の次第を暴露する。そしてこう続けようとする。ジョンドウは偽者だ。しかし彼が話した言葉や思想は本物でありその言葉にみんながついてきてくれたのではないか! ジョンドウ運動はみんがその気になれば続けられる、社会を変えられるんだ!と。しかし肝心なところはマイクの音声を切断され、ジョンはただのイカサマ男として舞台から引き摺り下ろさせる。
彼が築き上げてきた民衆の運動を真実にするには彼の言葉を真実にするしかない。かれはクリスマスの夜、雪降る摩天楼の最上階へ上っていく・・・。
摩天楼で飛び降りようとするジョンの後ろに止めてというアン、そしてほっといてもどうせ飛び降りりゃあせんという悪徳政治家たちがいる。どうするジョン・・・。

「群衆は個人よりも扱い易い。みたかあのざまを・・。そしておまえもどうせ飛び降りやせん。変わらんのだ、世の中は・・」

by ssm2438 | 2008-12-21 18:54 | フランク・キャプラ(1897)


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