西澤 晋 の 映画日記

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2009年 08月 04日

氷の挑発2(2006) ☆

f0009381_1738155.jpg監督:ロベルタ・トーレ
脚本:ロベルタ・トーレ
    マッシモ・D・アーノルフィ
音楽:梅林茂

出演:ルイジ・ロ・カーショ
    アナ・ムグラリス

        *        *        *

アナ・ムグラリスの肢体だけを見たい人だけ(それだけでもかなりの人数だとは思うし、私もその一人だが・・)の映画。タイトルも、シャロン・ストーン『氷の微笑2』とかんちがいさせることをいとしてるようなそれだなあ。ちなみこの映画のタイトルの『・・・2』にも意味はない。『氷の挑発』という映画はあるみたいだが、まったく関連性もなにもない。だいたいあれはアメリカ映画だし、こっちはイタリア・アホ・映画だ。
なのでこの映画の発見は、アナ・ムグラリス嬢、フランス語だけじゃなくてイタリア語も出来るんだってことに感心した。というか、多分英語もできるのだろう。きっとあのへんの言語は、文法はそのままで、発音の法則を変えればほぼ成立しまうのだろう。うらやましい話だ。日本語って発音変えただけじゃ、他の言語に転換きかないからこまったもんだ。


しかし、この映画、まったくひどい。作ってる本人もわかってないのでは?

主人公はアナ・ムグラリスと同棲している刑事。殺人事件がおきそのホテルに急行すると、女子大生が後ろで二縛られ、首にロープを巻かれ、頭を壁になんどもうちつけられたらしい傷をのこして死んでいる。猟奇殺人としてはきわめておとなしいほうだろうが、この主人公の刑事はこれに感化されたらしく、自分の中にひそむサディズムをすこしずつ覚えてる。
「小学生じゃあるまいし、アホかこいつ」・・と見てる人は思うだろう(苦笑)。
さらに調べていくと、彼女はとある倉庫で週末行われている売春クラブに関与していたことがわかる。
そんなことを事件に感化され「もしかしたらうちのアナ・ムグラリスもそうじゃないか」と勝手に妄想を抱き始める。この映画はひどいのは、こたが単なる妄想で終わること。ふつうこいう映画は、それが実は彼女もそうだったってことで終わるだろうけど、この映画はそれすらない。

一応最後のシーンはそのつもりで描かれていたのかもしれないが、その明確な定義づけがどこにも見当たらないので、そのシーンは妄想としかとれない。ほかにも、殺人事件の犯人らしき男が自首してくるのだが、どうもそれが犯人だったらし。普通それが真犯人だなんて誰も思わないから、実に以外。でも、問題なのは、それがほんとの犯人だってきちんと分らせてあげるように演出できない監督のアホさ。

サスペンス物は<かくれんぼ>と一緒で、見つけてほしいがために隠れるもの。見つけてくれるための工夫がなければ鬼さんはほっといて帰ってしまう。そのくらいわきまえて演出してほしいものだ。

結局この映画のながれだと、あるSM的殺人をみて初めてみた小学生なみの精神構造をした男が、自分にもその趣味があるのではと感化され、と同時に自分の彼女にも殺された女のような娼婦性があるのではと妄想して、職務に支障をきたすという・・・主人公刑事が精神的に幼稚すぎて職務に支障をきたすというだけの映画になってしまってる。・・・ひどい。

アナ・ムグラリス嬢の映画だと『そして、デブノーの森へ』が一番いいなあ。

by ssm2438 | 2009-08-04 17:03


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