西澤 晋 の 映画日記

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2009年 08月 01日

終着駅(1953) ☆☆☆

f0009381_2314552.jpg監督:ヴィットリオ・デ・シーカ
製作:デヴィッド・O・セルズニック
    ヴィットリオ・デ・シーカ
脚本:チェザーレ・ザヴァッティーニ
    トルーマン・カポーティ
撮影:G・R・アルド
音楽:アレッサンドロ・チコニーニ

出演:ジェニファー・ジョーンズ
    モンゴメリー・クリフト

        *        *        *

リアルタイム進行の本格的メロドラマ。リアルタイム物というのはどうしてもイベントの時間が90分程度とかぎられているので、本来そのバックボーンにあるドラマを想像しつつ、その90分間だけで見せることになる。なかなか名作は生まれにくいが、これをそれに挑んだ実験的な作品。のちにジョン・バダム『ニック・オブ・タイム』でやっているが、やはり面白い映画にはなりづらい。ただ、こちらのほうがまだ成功してると思う。

制作はデヴィッド・O・セルズニック。ハリウッドの大物プロデューサーである。『風と共に去りぬ』『レベッカ』『汚名』『白昼の決闘』『第三の男』『武器よさらば』など、王道映画のプロデューサー。また、こくがいだけにとどまらず、「これは行ける」と踏んだ監督をハリウッドにまねいて撮らせるようなことを最初にやった人かもしれない。イギリスで活躍していたヒッチコックをアメリカに招いて撮らせたのが『レベッカ』。以下何本かアメリカ資本でヒッチコックは撮っている。
この映画も『靴みがき』『自転車泥棒』などの活躍にめをつけ、ビットリオ・デ・シーカで一本撮りたいと考えたところは実に偉大は着目だと思う。しかし、ヒッチコックの場合は言葉がつうじるイギリス人、こちらは気質もちがうであろうイタリア人、撮影は現地でおこなわれているのでほとんど違和感なくデ・シーカの映画になっているといえよう。ただ、映画のコンセプトが、そのリアルタイム進行映画なので・・・めちゃくちゃ面白いというわけにはいかない。

あと、ジェニファー・ジョーンズ。とてもきれいだ。後に『おもいでの夏』にでるのだが、それ以前にこの映画でみられたことはうんがよかった。

f0009381_23152632.jpg<あらすじ>
ローマに住む妹の家に身を寄せて、数日間ローマ見物をしたアメリカ人の人妻メアリー・フォーブス(ジェニファー・ジョーンズ)は、その休暇中に米伊混血の英語教師ジョヴァンニ・ドナーティ(モンゴメリー・クリフト)知り合い、烈しく愛し合うようになってしまった。しかし米国に残してきた夫や娘のところえ帰国する日がやってきた。午後7時、発車数分前にジョヴァンニが駆けつけた。彼の情熱的な言葉のまえに、メアリーはその汽車をやりすごし、ジョヴァンニと駅のレストランへ行った。
ジョヴァンニの一途な説得に、メアリーは彼のアパートへ行くことを承知。しかし、丁度出会った彼女の甥のポール少年にことよせてそれを断るいいわけにした。裏切られた気持ちになったジョヴァンニはメアリーのほほを殴りつけて立ち去った。メアリーは8時半発パリ行を待つことにした。そこで妊娠の衰弱で苦しんでいる婦人がいて、彼女の世話をしていると彼女の心はおちついてゆく。
衝動をおさえきれなかったジョヴァンニは強く後悔して、メアリーを求めて駅の中を歩きまわった。そしてついにプラットホームの端にメアリーの姿をみつけた。彼は夢中になって線路を横切り、彼女のそばに駆け寄ろうとした。そのとき列車が轟然と入ってきた。かまわず走り抜けるジョヴァンニ。一瞬早くジョヴァンニは汽車の前をよぎり、メアリーのもとにたどりついた。
2人は駅のはずれに1台切り離されている暗い客車の中に入っていった。しばらく2人だけの時間にひたった。別れを惜しむのも束の間、2人は公安委員に発見され、風紀上の現行犯として駅の警察に連行された。8時半の発車時刻も間近かに迫り、署長(ジーノ・チェルヴィ)の好意ある計らいで2人は釈放された。いまこそメアリーは帰国の決意を固めて列車に乗った。列車は闇の中に走り去っていった。

じつに別れがたい男と女のメロドラマであった。男は別れがたい気持ちは痛いほどよくわかる。
しかし・・・きっと女はそれほどでもないのだろうなって思ったりもした。

by ssm2438 | 2009-08-01 22:19 | V・デ・シーカ(1901)


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