西澤 晋 の 映画日記

ssm2438.exblog.jp
ブログトップ | ログイン
2009年 10月 10日

恋愛依存症(2006) ☆☆

f0009381_8493479.jpg監督:ジョーイ・ローレン・アダムス
脚本:ジョーイ・ローレン・アダムス
撮影:ティム・オアー
音楽:アラン・ブリューワー

出演:アシュレイ・ジャッド
    ジェフリー・ドノヴァン
    ローラ・プリポン

        *        *        *

映画中の彼女は38歳だが、このアシュレイ・ジャッドはいい。
個人的にはシャーリズ・セロンアシュレイ・ジャッドは好きなタイプなんだけど(私には全然ちがうようにみえるのだが、どうやら他人に言わせると似てるらしい)、シャーリーは眺めているのが素敵な女で、どっちとエッチがしたいといわれればアシュレイ・ジャッドがいい(苦笑)。

しかし、このタイトルはいただけない。この映画、セックスは出来ても恋愛は出来ない女の話なので、タイトルは真反対。もう少し物語の本質を理解してタイトルをつけてほしいものだ。原題の『カム・アーリー・モーニング』というのは、見知らぬ男とねて、早朝になると・・という意味。

この物語の主人公のルーシーは、とにかく自分に正直になれない女。多分この監督ジョーイ・ローレン・アダムスの自伝的要素が強いのではと思う。それぞれのイベントに想い入れが強すぎてストーリー的にまとめきれてない様子。なので映画的には完成度はかなり低いが、さりげなくみせるポイントはもっている。とにかく、男を好きになれない女の心情がかなり素直に描けていると思う。

f0009381_8554385.jpg<あらすじ>
アーカンソーの小さな町、ルーシー・ファウラー(アシュレイ・ジャッド)は小さな建設会社で事務の仕事をしてい。しかし週末になると町のバーにいき酒に溺れ、一緒に寝る男をさがしていた。その日も早朝になるとすごすごとベットから抜け出すルーシー。

そんなある日、バーでキャル・パーセル(ジェフリー・ドノヴァン)と知り合う。いつものように週末彼の家に行きビールを飲み、キスをする。さりげなくキャルが「君はしらふでキスをしたことがあるのかい?」と聞く。それには答えず二人はベッドに。
そして早朝、いつものように彼女はベッドから抜け出そうとするとキャルが起きて、送るという。ルームメイトのキム(ローラ・プリポン)には、「なんであなたは相手のことを知ろうともしないの。あなたは臆病よ」と言われる。キャルの紳士な態度を思い起こすと、確かにきちんと付き合ってもいいかなとおもい、彼のところにいってみる。ビールを差し出されるが断る。そしてしらふのまま初めてキスをする。
しかし、長年しみついた自己防衛本能が赤信号をだし、彼女はどう接していいのか分らない。そんなルーシーをこれまた我慢強く受け入れようとするキャル。じつにこの男はいい男なのだ。ルーシーもすこしづつ心を開いて接する努力をしてみるようになる。

しばし老人ホームを訪れ祖母に会うルーシー。祖父はどうやら彼女を裏切って出て行ったらしいが、それでもまだ祖母はそんな祖父を愛している。そんな祖母を理解できないルーシーに、
「誰も自分の感情にはさかられないのよ。それを認められないなら、恋愛には不向きね」とひとこと。

バーで飲んでいるとキャルが合流、しかし以前にルーシーと寝た男がちょっかいをだしてくる。「消えろ」というキャルにその男は「この女、取り合う価値もないぜ」と言い放つ。喧嘩になる二人。その場は回りに男たちが納めてくれるのだが、ルーシーは「私が酒によって寝た男よ。からかわれても仕方がないわ。私の問題に首を突っ込まないで!」と言ってしまう。キャルは「そうか・・・君の問題か・・、ボクの問題じゃないんだ」と淋しそうに去っていく。

ルームメイトのキムがデートに出かけた夜、さびしさを紛らわすためにまたバーにいき、口説かれているルーシー。その男がトイレに立ったときにキャルがあらわれるが、ルーシーのそしらる態度を理解し去っていく。バーで出会った男と一晩明かそうと彼の車にのるルーシーだが涙が出てくる。「さっきの男との関係にボクをまきこまないでくれ、君は自分自身をだましてる。車からおりてくれ」というその男。
こいういのをすごくシンシな態度でおこなるから素敵。アメリカ人のいいところだなあって感心する。

再びキャルの自宅を訪れるが、今回はキャルも切れてる様子、つめたく「もう終わったんだ」といわれ、静かにさっていくルーシー。しかし感情があふれだし、車をとめて泣いてしまう。
父と行く教会に神父に聖書を持ち込み、その第〇〇章のどこかの文章に感情をぶちまけるルーシー

「どうして父の罪で、子が罰せられなければいけないのか! 
 なぜ、父の罪を子が背負う義務があるのだ!
 不公平よ。門を叩けば、あけてくれるんじゃなかったの!!」

数日後、ふたたびキャルの家を訪れるのだが、彼には既に新しい彼女ができていた。しかし、「自分のことにあなたを巻き込んでしまってごめんなさい」といって去ってい彼女はそれでも晴れ晴れとしているようだった。


話はまとめきれてないが、監督の強い想い入れを感じることが出来る映画だった。
こういう想いがにじみ出る映画は良い。私は好きだ。

by ssm2438 | 2009-10-10 08:56


<< ミンボーの女(1992) ☆☆      北北西に進路を取れ(1959) ☆☆ >>