西澤 晋 の 映画日記

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2009年 04月 12日

復活の日(1980) ☆☆☆

f0009381_5391654.jpg監督:深作欣二
原作:小松左京
脚本:高田宏治、グレゴリー・ナップ、深作欣二
撮影:木村大作
音楽:羽田健太郎

出演:草刈正雄、渡瀬恒彦、オリヴィア・ハッセー

        *        *        *

シーンシーンをみるとダサイところは一杯あるのだが、しかし、これは名作だと思う。原作は『日本沈没』小松左京。細菌兵器のために人類はほとんど絶滅、潜水艦でくらしていたクルーと南極基地のわずかの隊員だけが残された、そんな環境化での人類再生への営みを描いた映画。そこでは女性の数があまりにすくなく、一夫一婦制は精神衛生上無理だと判断され、女性とのセックスは順番制がしかれる。確かに男性何百人に対して女性はたった8人、子供が必要な状況はわかるが、なんという判断!!と当時この映画を見たときはカルチャーショックを受けた。

今では想像できないくらい本物を使った映画。本物の潜水艦をチリ政府から借り入れて撮ったとか・・。当時の角川映画は予算が一杯あったのだ。
そして、南極基地のシーンは北海道でとることになっていたらしいのだが、木村大作が「南極に行かないなら俺はおりる!」とごねたらしく、南極にいったとか。すごいなあ。それができてしまえる当時の角川はやっぱりお金があったのだ。

この映画の最後は、草刈正雄がワシントンから南米チリの南の端まで歩いてくることによってすべてのすべての細菌が消滅したことを照明し、人類がまた大陸へ進出していく可能性を示して終わる。
この映画を見なかったら、私も東京から岡山まで歩いて帰ろうとは思わなかっただろう。はは、若気の至りでそんなことをしてみたこともあったのさ・・・。

<あらすじ>
摂氏マイナス10度で自己増殖をはじめ、零度を越えると猛烈な毒性を発揮するM-88というウイルスが、東ドイツの細菌兵器研究所から盗まれた。そして彼らをのせた小型飛行機が吹雪のためにアルプスで遭難、細菌が飛散してしまう。
夏の終り、南極に残る十一ヵ国八六三人を除いて世界は死滅した。八人の女性を含む残された人々の生活が始まった。そして蔓延前に出航していた原子力潜水艦の乗組員たちがこれに合流した。その中には日本人の地震学者吉住(草刈正雄)もいた。そこは人類の種を絶やさないために、のこされた8人の女性は多くの男性との性交渉を義務づけられるという異常な環境だった。

ある日、地震学者の吉住が人類滅亡の第二の危機が迫っていることを伝える。地穀変動調査でアメリカを垂直型地震が襲うことを探知した。ホワイトハウス地下には自動報復システムはまだ生きており、自身の衝撃波をソ連の攻撃と感知すれば作動すると言う。ミサイルが発射されれば、ソ連の報復システムも作動するはずだ。そのうちの一つが南極の米軍基地に降ることがわかった。
原子力潜水艦は地震の専門家の吉住とシステムのことを熟知しているカーター少佐を乗せワシントンをめざした。ふたりは上陸しなんとかシステムを解除しようとするが・・大地震がおき、カーターは死に、ミサイルはそれを感知した核ミサイルは発射されてしまう。ソ連の報復システムも核ミサイルを発射。・・・こうして世界は二度死んだ。

それから〇年後、だれもいない地球をひとりとぼとぼ歩いて南へむかう男がいた。吉住である。かれは歩く、夢も希望ももうないかもしれない、しかし南へ向けて歩く。どこでのたれ死のうがかまわない。歩ける限り南にむけてあるく。そしてチリの南端まで来たとき再び人類とである。それは生き残りの人々がチリの南端まで南下してきたいたのだ。かれが歩いてこられるのなら、人類を滅亡に導いたウイルスは核に焼かれて死んだということだ・・・。人々はふたたび文明を築くことができるかもしれない。

by ssm2438 | 2009-04-12 04:46 | 木村大作(1939)


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