西澤 晋 の 映画日記

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2009年 04月 12日

わが谷は緑なりき(1941) ☆☆☆☆

f0009381_244592.jpg監督:ジョン・フォード
脚本:フィリップ・ダン
撮影:アーサー・C・ミラー

出演:ウォルター・ピジョン
    モーリン・オハラ
    ドナルド・クリスプ
    ロディ・マクドウォール
    バリー・フィッツジェラルド

        *        *        *

この映画をみていると思い出される言葉がある。ジョージアコーヒーの宣伝だったか、高倉健がでていてこんな台詞をつぶやく。

      「男は男に生まれない。男になるのだ」

この映画がまさにそんな感じ。炭鉱で働く男を描いた映画は常に無骨だ。崩落の危機と背中合わせの炭鉱のなかで働く男たち。命を懸けて家族をささえる男たちだからこそ、責任感があふれるドラマになるのだろう。物語自体はそれほどすごいドラマではない。私も始めてみたときはそれほどの感動はなかった・・。がのちのち思い起こすと、このドラマで描かれたエピソードは<男の責任>というものが根底にあり、与えられる立場だった子供が与えるがたの大人へと変わっていく過程でみた、それぞれの男の生き様が心にしみこんでくる。あとあとから感動がわきあがってくる映画なのだ。

この映画が撮影された1940年ごろといえば、ヨーロッパでは戦争が拡大していた頃。製作者は物語の舞台であるウエールズでの撮影をあきらめ、代わってサン・フェルナンド渓谷に80エーカーの土地に150人がかりで本物そっくりのウェールズの炭鉱町の大オープン・セットが建設したという。撮影は当初ウィリアム・ワイラーが監督する予定だったらしいが、スケジュールがあわず、ジョン・フォードになったという。 原作を読んで子供時代の豊かな家庭生活の思い出を呼び起こしたフォードは、登場人物により家庭的な温もりを与えるために、自分自身の両親と兄弟をモーガン家のモデルにしたといわれている。
第14回アカデミー賞では10部門にノミネートされ、作品賞、助演男優賞(クリスプ)、監督賞、白黒撮影賞、白黒室内装置賞の5部門に輝き、フォードは3度目のアカデミー監督賞だけでなく、ニューヨーク批評家協会の監督賞にも選ばれた。

f0009381_203456.jpg<あらすじ>
19世紀末のウェールズ炭鉱にある村。ギリム・モーガンの一家は、10歳の末っ子のヒュー(ロディ・マクドウォール)をのぞく男たちはみんな炭坑で働いていた。家族の受ける給料は家長の父(D・クリスプ)によって保管され、家庭のために決められた使途にあてられていた。長男のイヴォーはブロンウェン(アンナ・リー)と結婚して一家を構えた。
そんなおり、石炭需要の低下から炭鉱は労賃値下げを断行する。モーガンの息子たちは組合を組織して戦おうとしたが、父は反対だった。対立した息子たちは、ヒューと長女のアンハード(モーリン・オハラ)をのこして両親の元を去ってしまった。そのころ新任の牧師グリフィド(W・ピジョン)と姉は秘かに魅かれあっていたが、禁欲的な彼を前に、姉は不本意な結婚を承諾、彼女も家を出て行った。
鉱夫たちはストライキにはいった。鉱山の管理人は人望のある父に、ストライキを中止するように説得を依頼したが、父は断わった。しかし、彼が事務所から出てくるところを見た鉱夫たちは、父が管理側についていると誤解してしまう。ヒューと母は組合の会議に行き、夫の立場を説明するが、その帰途凍った河におちた。母を助けて凍傷になったヒューだが、それを機会にグリフィド牧師すごす時間がおおくなり、ヒューは文学の世界に目覚めていく。
ストライキは終わり、ヒューはまた学校に通うようになった。拳闘家だったデイ・ブランドとそのマネジャーのサイファーサと仲よくなり、拳闘を教わるようになると、ヒューも男らしくなっていった。モーガン家は昔のように楽しくなろうとしていたが、兄のイヴォーは坑内で事故のため死んでしまう。残された義姉ブロンウェンのために、ヒューは学校をやめ、彼の家にはいり兄にかわって働くことになった。まだ小学生の高学年くらいの男の子が、大人の女性に見送られながら出勤する姿は「男」を感じさせた。

by ssm2438 | 2009-04-12 00:41 | ジョン・フォード(1894)


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