西澤 晋 の 映画日記

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2008年 11月 21日

ゴジラ(1954) ☆☆☆

f0009381_5472378.jpg監督:本多猪四郎
脚本:村田武雄、本多猪四郎
撮影:玉井正夫
美術:中古智
音楽:伊福部昭
特殊技術:円谷英二

出演:宝田明、河内桃子、平田昭彦、志村喬

        *        *        *

日本が生んだ衝撃のキャラクター「ゴジラ」の第一歩の映画。それだけでもこの映画の価値は大きい。

ビデオではすでに何度かみたことはあったのだが、始めて劇場で見たのはまだ20代(1980年代)で、もちろんリバイバルである。でも、一度は劇場でみたかったので見に行ったのだ。新宿のミラノ座だった。そこは劇場はちいさいのだが、スロープはないのだが、いすは心地よく、椅子の配置も半分ずらせてあって、前の人の頭が邪魔にならないようになっていた。

・・・が、お話はかなり底が浅い。図式的な登場人物の性格付けで、発言、行動など決まりきったもので構成されている。人間ドラマとしてはきわめて記号的で深みがない。最後の平田昭彦の犠牲的精神によるオキシジェン・デストロイヤの発動も、ほんとにその必要性があったのかな??と思わせるもので、「生きる」ということの意味を追求した結果がそうなったとは思えない。

しかし、ゴジラという巨大生物が現れた時に、社会はどうしたのかという、そのシュミレーションの部分は当時としてはとてもすばらしい。なので開くまで、ドラマ追求というより、シチュエーション描写でたのしむべき映画だろう。しかし、そう考えると、もうすこしリアリティがだせなかったものかと思う。

人間でも野獣でも、鉄砲の弾にあたれば血が出るのである。ゴジラも、ミサイルを受けてもさっそうとあるいてるんじゃなくて、だらだら血を流しながら歩いてほしかっかた。都会に迷い込んだ一匹の巨大な野獣・・というようなコンセプトで、要するにきぐるみとして理解するのではなく、ひとつの生命として描いてほしかった。
腹が減れば何かを捕食し、それをどこから補給するのかとか(間違っても放射能がたべものだなんて非常識な展開にはしないでほしいものだが)、それは人間なのは、動物園の動物なのか、倉庫にある冷凍の牛肉なのか、それとも缶詰なのか。駄菓子屋のアイスなや菓子パンなのか・・、もっと生命としての営みをみせてほしかった。攻撃された出血し痛みに意識がもうろうとするなか逃げまくっていれば脱糞するかもしれないし、もしかしたらサナダムシだって腸内に飼っているかも知れない。コバンザメみたいな寄生動物も一緒にはこんでくるかもしれない。背中にあんなひれがついているのなら、ステゴサウルスみたいに、あそこで血液を温めているのかもしれない。だとしたら体温がさがると動きもにぶくなったりするのだろう。イグアナがそうらしい。

ひとえに、きぐるみ怪獣映画というよりも、巨大生物の映画として作れなかったものかと思う。撃ってもしなないゴジラはなくて、撃ったら死ぬゴジラで作れなったものか・・。
これだけCGの技術が進歩しているのだが、今の時代にゴジラを登場させるのではなく、1950年の東京を再現して、そこにゴジラを登場させてほしいものである。

by ssm2438 | 2008-11-21 04:56 | ゴジラ(1954)


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