主観重視で映画の感想を書いてます。ネタバレまったく考慮してません。☆の数はあくまで私個人の好みでかなり偏ってます。エンタメ系はポイント低いです。☆☆=普通の出来だと思ってください。


by ssm2438

愛の嵐(1973) ☆☆☆☆

f0009381_15441631.jpg監督:リリアーナ・カヴァーニ
脚本:リリアーナ・カヴァーニ、イタロ・モスカーティ
撮影:アルフィオ・コンチーニ
音楽:ダニエレ・パリス

出演:ダーク・ボガード
    シャーロット・ランプリング

        *        *        *

デカダンス映画の決定版といえばやっぱりこれ、『愛の嵐』だろう。やせ細った裸のシャーロット・ランプリングがドイツの将校の帽子をかぶり、サスペンダーでズボンをはき、黒のラバーの長い手袋をして踊らされているシーンのビジュアルは永遠のビジュアルとなっている。高貴な貴婦人がジャムのビンに手を突っ込んでむさぼるあの卑猥性。どこかで逃げ出そうと思えばそれが出来るのに、供に堕ちて行く道を選んでしまう女。倒錯に向かう酔い。
当時、これはどういう映画なんだと興味深深だったが、今みたいにビデオがあるわけでもなく、なかなか見ることはできなかったのだが、80年代になるとビデオも普及しレンタルショップで借りてみた。当時は全然面白くなかったのだが、もう少し鑑賞力がついてから見るといやはや・・・なかなか良い映画だった。

アメリカ版の原題は「ナイトポーター」、こちらのほうがあまり意味づけしてなくていい気もする。どうも「愛」とは違うような気がして・・、いや、「愛」かもしれないが「嵐」ではないような・・。このタイトルには若干の違和感があるかな。

<あらすじ>
1957年、冬のウィーン。マックス(ダーク・ボガード)は元ナチス親衛隊員であった過去を隠し、ホテル・オペルのナイトポーターとして働いていた。そこに若手指揮者アザートンの夫人ルチア(シャーロット・ランプリング)が訪れる。
二十年前、ルチアはゲットーに捕らえられたが、他の者たちが殺される中、マックスの倒錯した性の愛玩具となることで生き延びた。その一シーンがシャーロット・ランプリングが裸で踊るシーンだった。思い出したくない過去に出くわしたルチアは、夫のアザートンをうながして即座にウィーンを去ろうとする。しかし夫はルチアを残して単身フランクフルトヘ飛び立ってしまった。一人になったルチア。マックスは「何でここに来た」と殴りつける。激しくもみあううちに、かつての性の営みが蘇るふたり。二人は熱い息をはきながらお互いの体をむさぼりあっていた。
それから数日後、ホテルの一室では、マックスを交えたかつての親衛隊員の会合があった。彼らは自分たちの悪行を証言する可能性のある人間をやみに葬りつつ、戦後を生き抜いてきたのだ。その新たなターゲットとしてルチア浮かび上がった。
マックスはルチアを自分のアパートにかくまい、仕事もやめて倒錯した愛に溺れていった。地上からつねに見張られ、食料を買いに行くことさえ出来なかった。電気も消され、飢え、歪んだ愛と憎悪と哀れみをぶつけながらの悲惨な幾日かが過ぎた。真夜中、マックスは二十年ぶりにナチスの制服をとり出して身につけた。一方、ルチアも収容所時代に着用していた服と同じようなワンピースをつける。二人が車に乗り込むと、尾行車も動きだす。車がドナウの橋にさしかかると、二人は車を棄て、橋を歩き始めた。そのとき、銃声が二発轟き、二人はくずれるように倒れた。
by ssm2438 | 2009-04-16 05:58