西澤 晋 の 映画日記

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2009年 03月 17日

SOSタイタニック/忘れえぬ夜(1958) ☆☆☆

f0009381_541545.jpg監督:ロイ・ウォード・ベイカー
脚本:エリック・アンブラー
撮影:ジェフリー・アンスワース
音楽:ウィリアム・オルウィン

出演:ケネス・モア、オナー・ブラックマン

        *        *        *

今の世代の人が「タイタニック」といえば、ジェームス・キャメロンの『タイタニック』を思い起こすだろうが、我々の世代(もっともこの映画が公開されたときは、私も生まれてなかったのだが・・)は、やはりこの『SOSタイタニック』だろう。キャメロンの映画が、デカプリオケイト・ウィンスレットを視点にして、沈没シーンをCGを使いダイナミックに描く映画に対して、こちらの『SOSタイタニック』はドキュメンタリー的にストイックな立場で物語とおっている。乗船人数にあまりにも足りない救命ボートの数、近くにもう一隻いたのに、救難信号に反応したのは遠いところにいた船だったとか、人間のおこした理不尽さ悔やみきれないドラマ展開であるなか、あの楽団のシーンが輝いている。タイタニックといえば、やはりあの楽団のおじいさん方であり、誰もが限られた救命ボートをもとめて甲板で騒いでいる時のあのシーンは映画史上に残る名シーンだ。悲惨なイベントのなかで生命が美しく輝いた一瞬だっただろう。この映画の最後もあのおじいさんたちが引いていたバイオリンがぷかぷか浮いている絵で終わりになる。

『SOSタイタニック』というタイトルがいかにも時代を感じさせるが、原題は「忘れえぬ夜」のほう。

<あらすじ>
1912年4月、二十世紀造船技術の傑作と称されるタイタニック号は、イギリス・サザンプトン港を出た。北大西洋に浮ぶ壮麗なこの巨船には、設計者トーマス・アンドルーズをはじめ、実業家、芸術家、上流人士、欧州各国からアメリカをめざす移民たち2207人がのりくんでいた。
f0009381_57628.jpg4月14日、夜の11時40分にその悲劇は始まった。濃霧で前方の視界がとぼしいタイタニック号の前に、突然巨大な氷山が現れた。船は向きをなんとかそれを交わした。かすかな衝撃があったももの、乗客たちはそれにきずくものもほとんどなく、船員たちも特に気にとめてはいなかった。しかしその時、タイタニックの船腹は氷山の角で三十フィートも裂かれていたのだ。この致命傷に気づいた設計者アンドルーズは、船の生命があと一時間半であることを船長に告げ、離船準備を命令させた。ライトラー二等航海士(ケネス・モア)の仕事は救命ボートを用意することだった。しかしすべての救命ボートを使っても乗船者の半分しか救うことができないのだ。まず1・2等船室の女性と子供を優先させて救命ボートをおろしていく。通信士は必死にSOSを発信したが、10マイル先にいたカリフォルニアン号の通信士はもう寝ていて反応しない。48マイル先を航行していた定期船カルパチア号が救助にうと打電してきたが、それまで4時間はかかる。
海水は滝のように流れこんだ。すべての乗客が甲板にあふれだし、誰もがわれ先にとボートに殺到した。パニックのなかライトラー二等航海士はやむなく威嚇射撃を行った。そんな雑踏のなかでも、初老の男たちで構成されていた楽団たちは“主よ御許に近づかん”をかなでていた。

「こんな時にだれも聴いとりゃあせん」と一人の楽団員が演奏をやめようとする。
「こんな時だからこそ、弾くんだよ」と別の楽団員がバイオリンを弾き始める。

だれもが自分たちの使命を理解したように、かすかな微笑を浮かべてお互いの意思を確認すると、彼らは再び音楽をかなで始める。
船は船首から海中に没しつつあった。突後2時間40分で巨船は多くの客と共に海中に没した。船長スミスも、設計者も海底に消えた。ライトラー二等航海士は辛うじて転覆したボートにすがって、急行したカルパチア号に救助された。生存者僅かに705人、実に1502人が大西洋のもくずとなった。翌朝、遭難現場を通過する船上から、ライトラー二等航海士は悲劇の海を見詰めた。その海に、あの楽団のバイオリンが浮かんでいた。

by ssm2438 | 2009-03-17 04:20


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