西澤 晋 の 映画日記

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2009年 03月 18日

山の焚火(1985) ☆☆☆☆

f0009381_412590.jpg監督:フレディ・M・ムーラー
脚本:フレディ・M・ムーラー
撮影:ピオ・コラッディ
音楽:マリオ・ベレッタ

出演:ヨハンナ・リーア、トーマス・ノック

        *        *        *

『最後通告』『僕のピアノコンチェルト』フレディ・M・ムーラーが80年代にとった作品。ムーラーの中では一番いい。というか、他の2本がいまいちというか。特に『最後通告』はひどかった。こちらは芸大の卒業制作並の雰囲気。 でも、よくよく考えると、この人街を取れない人なのかもしれない。この『山の焚き火』はまるで『アルプスの少女ハイジ』のような世界観だし、その風景だけで十分みとれてしまう。谷を霞がおおい、眼下を流れる雲・・、このビジュアルがあるだけで映画になる。そのせいも多少あるだろう。

物語は近親相姦にいたる姉と弟の話。しかし、愛欲とか性欲とくのがないなかでの性交渉。性欲がモチベーションでななくて、人と人とのぬくもりを感じたくて、結果としてそうなってしまった・・みたいな流れ。これがとても自然でいいんだ。そしてそれをひんやりとつつむスイスの山々。
当時感動してLD買ってしまいました。マイナーだが、1985年のロカルノ映画祭グランプリをとっている。

ロカルノ映画祭:スイス南部、イタリア語圏のティチーノ州ロカルノで、1946年から開催されている国際映画製作者連盟公認の映画祭。受賞作品もマイナーだが、映画祭もマイナーというなにからなにまでマイナーな映画祭。2009年には日本のアニメ作品を特集した「Manga Impact」が開催され、アニメーション演出家の高畑勲富野由悠季が Leopard in Honour(名誉豹賞)を受賞している。

『エマリエル夫人』の原作者エマニエル・アルサンもこういう物語にすれば、彼女のいわんとしてることがすこしは伝わるだろうに・・・。彼女の場合はひさすら誰とでもするセックスと、自然のなかでするセックスというところに流れるからチープになる。というか本質的にシャローすぎるのだけど。

<あらすじ>
舞台となるのは1984年、アルプスを背景にするある村。その村から離れた山肌に農場をもつ一家があった。『アルプスの少女ハイジ』のペーターかオンジの小屋をイメージしてもらえればいいだろう。自家製のチーズに絞りたてのミルク、パンは下の村から買ってきてもの。そこでつつましやかに暮らす4人は、父と母、十代の姉ベッリ(ヨハンナ・リーア)と聾唖の弟(トーマス・ノック)。※この物語は、姉の名前だけはあるのだが、他は父・母・弟なのだ。
f0009381_4123552.jpgろう唖者の弟は、学校には通わず、山地で働く父の手助けをしていた。将来教師になることを夢見ている姉が彼に文字や算数を教えていた。しかし、不完全なコミュニケーションからくるストレスが原因なのだろう、弟は時々抑えきれない感情を爆発させて奇声を発したり、異常行動をとってしまう。
夏も終ろうとしているある日、芝を刈っていた弟は故障した芝刈り機に腹を立てて、それを崖から突き落として壊してしまう。怒った父親は、罰として、山の一軒家(彼らが住んでいる家よりももっと高い位置にある山小屋)に追いやってしまった。そんな弟に食料を届ける姉。久しぶりに再会する姉と弟。焚火を囲んで楽しく食事をした二人は一つの布団で寄りそって夜を明かした。晩秋の頃、父が弟のもとへやって来た。微笑む父に抱きつく弟。再び平和な日々は始まろうとしていた。
しかし、姉が身ごもっていたのだ。ベッドに伏せる日が多くなる姉。冬を迎えたある日、姉は母にそのことを打ち明けた。その事に気がついていた母はなにも言わなかったが、母からそのことを聞いた父は激怒し銃を持ち出して姉を撃とうとする。弟が止めようとして間にはいりもみ合いになと、銃が発砲、父が絶命してしまう。母もショックのあまり息を引きとってしまった。雪のふりしきる家で、姉弟で、両親の葬式を行なう。これから二人だけの生活がはじまるのだ・・・。

もう君らはそこでひっそりくらしていなさい・・って気になってしまう。弟にとっては考えられる限りの最高のハッピーエンドに違いない。

by ssm2438 | 2009-03-18 03:08


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