西澤 晋 の 映画日記

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2009年 03月 05日

ベニスに死す(1971) ☆☆

f0009381_6194739.jpg監督:ルキノ・ヴィスコンティ
原作:トーマス・マン
脚本:ルキノ・ヴィスコンティ、ニコラ・バダルッコ
撮影:パスクァリーノ・デ・サンティス
音楽:グスタフ・マーラー

出演:ダーク・ボガード、ビョルン・アンドレセン

        *        *        *

何を撮っても面白くないヴィスコンティの映画のうちでも、唯一みられる映画。でもヴィスコンティの価値観には共鳴するものがまったくないので、やっぱり面白いとは思わない。ほんとに世間の人はヴィスコンティの映画がいいと思っているのだろうか? この映画は、極端に見る人の気質と性によって意見がことなる。

女性とホモは「好き」という。男性は「嫌い」という。

女に男を愛する能力は無い。女が男を見るとき、男のなかの「女性性」には惹かれても、「男性性」には惹かれない。女にとって「男性性」とは、自分を支配しかねない恐怖の根源であり、忌み嫌う対象であり、利用すべきものでしかない。この映画が女性に人気があるのは、男性のなかにある「女性性」が出た映画と、忌み嫌うベき「男性性」の崩壊が気持ちいいのだろう。

この点においても、普通の男がこの映画を好きなわけがない!


この映画、「美しさ」に憧れたという映画ではない。だいたいビヨルン・アンデスセンが「美」の象徴のように扱われているが、、美しいっていうだけなら、彼よりビジュアルが美しい女ならいくらでもいる。彼が一部の人にとって魅力的なのは、美しいからではなく、「女性っぽい男性」「男性なのに女性っぽい」から。
これは、「ホモ性」から発生した映画である。
ホモの書くドラマには一般男性にとっては毛嫌いするある種の異臭がある。その臭とは「進化をあきらめた人の消費性」という臭。別な言い方をすると「進化に向かわない精神」とでもいえる。とにかく「いまある状態を保持していくこと」がかれらにとっては大事なのだ。がんばって努力して何かになるなんてことはない。

人間社会では、<支配><被支配>という概念からは逃れられない。何処に言ってもこの概念はついてまわる。家庭でも、社会でも、二人の間柄でも、グループにおいても・・。しかし、どちらかが一方的に支配することはなく、片方が物質的に支配するなら、もう片方は精神的に支配りているとか・・、それは複雑に構成されており、だからこそ人間としてのつながりが出来ている。
男と女の間では、基本的には男は女を支配することで女に支配され、女は男に支配されることにより、支配してきた。長い歴史をみればそのことは確認できるだろう。なので異性どおしの間では<支配><被支配>という関係は成り立ち易い。
しかし同性同士では少し無理がある。圧倒的に力のあるものと、そうでない物との関係においてはそれは成り立つが、基本的に精神がどこかで反発している。なので「社会」という場においては、それを制度化し、安定したものにしてきたのが人間社会の歴史だろう。しかし・・・、ちから拮抗したもの同士の間では・・・?
普通、もう一人の同性がいれば、彼はライバルとなる。そこには「あいつよりは上にいきたい」「あいつよりは優位性を持ちたい」という衝動がうまれる。それが進化を生み出すひとつの大事な要素になる。特に男性は劣等感に敏感な生き物で、だからこそ、それが生産的にモチベーションとなれば進化力は大きくなる。しかし、戦う以上は負けることも当然ありうる。それは怖い。なので戦う前からそれを放棄するものも現れる。その結果、彼らはつねに相手よりも下にいたいと臨む。戦って負けるよりは、戦わずに支配されているほうがましだ・・と考える。ホモというのはその概念から生まれている。

世間の評論家がいかにこの映画をヨイショしようとも、この映画が面白くない人には断じて面白い映画ではない。魂の根底で「ホモ性」を忌み嫌う人にとって、この映画を好きになれるわけが無い。普通の人は安心して「つまんない」って言っていい映画だ。そのほうがはるかに正常だ。


<ホモ作家の特徴のまとめ>

● 「強くなること」を否定しているので、ドラマに進化力がない。
● 話に生産性がなく、退廃的・消費的な話になりがちだ。
● オカルトが好き。現実世界で強くなれないのでファンタジーで力を爆発させるものを書く。
● 美少年が好き。様式美がすき。
● 女には好かれるが、なぜか普通の男には好きになれない要素がある。
● コスチュームプレイが好き。変身願望を感じる。


<ホモ作家と、その代表作>

ルキノ・ヴィスコンティ:『地獄に堕ちた勇者ども』 『ベニスに死す』
チャーリー・カウフマン:『マルコヴィッチの穴』『エターナル・サンシャイン』
スティーブン・キング:『スタンド・バイミー』『ショーシャンクの空に』
ノーマン・ルネ&クレイグ・ルーカス:『ロングタイム・コンパニオン』『キスへのプレリュード』
クライヴ・バーカー:『ヘルレイザー』『ミディアン』
キャメロン・クロウ:『セイ・エニシング』『バニラ・スカイ』『あの頃ペニーレインと』
二ール・ジョーダン:『モナリザ』『クライング・ゲーム』『インタビュー・ウィズ・ヴァンパイア』

※スティーブン・キングのお話は嫌いなわけではないが、良くても、手放しで喜べない何かがある。どうも、それが「ホモ性」のようなきがする。

by ssm2438 | 2009-03-05 05:15


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