西澤 晋 の 映画日記

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2009年 08月 15日

ハンニバル(2001) ☆☆

f0009381_23802.jpg監督:リドリー・スコット
原作:トマス・ハリス
脚本:デヴィッド・マメット、スティーヴン・ザイリアン
撮影:ジョン・マシソン
音楽:ハンス・ジマー

出演
ジュリアン・ムーア (クラリス・スターリング)
アンソニー・ホプキンス (ハンニバル・レクター)
ゲイリー・オールドマン (メイスン・ヴァージャー)
レイ・リオッタ (ポール・クレンドラ)

        *        *        *

監督がリドリー・スコットに代わっての続編。・・しかし、おもったほど燃えなかった。この映画で面白くつくることはできないのだろうか・・? 映像センスは今回のほうがいいのだが、物語の展開は同じくらいダメだ。でも、前作のほうが方向性は正しいと思う。
つまり、レクター博士を追跡する対象にしてはいかんのだと思う。レクターをあくまでアドバイザー的にしたてあげとかないとこの物語はなかなか成立しづらい。なおかつ、そのレクターを物語の中に取り込まなければいけいのだからかなり難しい。それが出来ないと前回のように、一つの映画のなかで二つの物語が進行して求心力半減映画になってしまう。今回はそのへんを踏まえてなんとかいじくってるけど、いまいちすっきりまとまってないという印象だ。

あと、最後に自分の手をきるレクターはもうレクターじゃない。あれはいかん。あそこは残酷でもジュリアン・ムーアの手をきって逃げないと・・。ああいうところで情をみせたらもうレクターではなくなる。

<あらすじ>
ハンニバル・レクター博士(アンソニー・ホプキンス)が逃走してから10年。大富豪のメイスン・ヴァージャー(ゲイリー・オールドマン)は、かつて自分の顔をつぶしたハンニバル・レクターを執念で追跡していた。彼は、司法省のポール・クレンドラー(レイ・リオッタ)を巧みに利用し、FBI捜査官のクラリス・スターリング(ジュリアン・ムーア)をレクター狩りの任務につける。
そのころレクターはイタリアのフィレンツェに潜伏していた。
メイスン・ヴァージャーの動きを察知したレクターは、メイスンと組んでいた刑事リナルド・パッツィ(ジャンカルロ・ジャンニーニ)を殺害するが、メイスンの策略にはまり拘束されてしまう。レクターを檻にいれ、雑食性の獰猛なイノブタに食わせてしまおうとするメイスンだが、レクターの巧みな心理操作かどわかされたメイソンの部下は、メイソンをその檻に落とし、豚に食わせてしまう。一方、レクターを奪還しようと乗り込んだクラリスは銃撃戦のなか、肩を撃たれ気を失う。きがつくとそこは湖畔の隠れ家だった。ドレスを着せられたクラリスはレクターに食事にまねかれるが、テーブルの正面にはクラリスの上司であり、メイスンの手下として働いたポール・クレンドラーが神経を麻痺させらてたまま座っていた。彼の頭蓋骨は切断され、脳みそが露出したまま生きているクレンドラー。そんな彼に彼自身の脳みそを食べさせているレクター。
薬で体がいうことをきかないクラリスにキスするレクターだが、その時クラリスは彼に手錠をはめる、もう一方を自分の手にはめる。遠くからパトカーのサイレンが聞こえてくる。しかしレクターは自分の手首を切断して逃亡するのだった。

この映画の敗因は、富豪のメイスン・ヴァージャーがどのような状況で、自分の顔の皮をはがれたのか、それが描かれてないので、メイスンの復讐心がいまいちぴんとこないところだ。そして誰がどこまで、彼の指示で動いているのか、どこまで彼の計画なのか?ということが非常にわかりづらいことだ。もうすこしシナリオを整理してほしかった。

by ssm2438 | 2009-08-15 22:29 | リドリー・スコット(1937)


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