西澤 晋 の 映画日記

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2009年 09月 03日

シェルタリング・スカイ(1990) ☆☆

f0009381_23263376.jpg監督:ベルナルド・ベルトルッチ
脚本:マーク・ペプロー、ベルナルド・ベルトルッチ
撮影:ヴィットリオ・ストラーロ
音楽:坂本龍一、リチャード・ホロウィッツ

出演:
デブラ・ウィンガー (キット)
ジョン・マルコヴィッチ (ポート・モレスビー)
ジル・ベネット (ターナー)

        *        *        *

ベルトルッチだからきっとつまらないと思ってみたら、思ったよりも見られた。
巷では夫婦愛の映画ともいってるらしいが、私にいわせればそんなことはさらさらなくて、ひとえに、男女の恋愛観を時代のさかのぼって見せただけという感じがした。そのアイテムとして一組の夫婦と他一名が登場したというだけの話。結婚したあとも存在するエマニエル夫人にでてきそうな「自由恋愛」という概念。そして「結婚」を基本とした男女のつながり、そして結婚がそんざいする以前の男女のつながり。それを一組の夫婦と他1名を主要な登場人物として描いた作品、そう私は捉えた。要するに普通の男と女の関係から人間性を徐々に取り除いていくシュミレーションをしているのだ。

<あらすじ>
終戦後まもなくの1947年、北アフリカ。ニューヨークからやって来た、求めるべき夢さえ失なった一組の夫婦、作曲家のポート・モレスビー(ジョン・マルコヴィッチ)とその妻で劇作家のキット (デブラ・ウィンガー)。のその旅の道連れとなったのがポートの友人で上流社会に属するタナー(キャンベル・スコット)。夫との心のすれ違いを感じるキットに、かねてより彼女に心を寄せるタナーは接近してゆく。
やがて3人は次の目的地に向かうが、ホテルで同宿したイギリスのトラベル・ライター、ライル夫人とその息子エリックと同じ車に乗ったポートに対して、キットとタナーは別行動をとった。そしてそこでついにキットとタナーは一夜を共にする。が、アフリカ奥地の風土に嫌気がさしたタナーは別の土地へ向かいさっていった。のこされたポートとキットは彼らの心の虚無を象徴するかのようなアフリカの蒼穹の下でひととき愛を確認したかにみえたがそれもつかの間、ポートの体はチフスにむしばまれ、砂漠の果ての町でポートは息絶える。
ついに一人きりになったキットの旅は、しかしまだ続く。アラブ人の隊商の中に身を埋め、見知らぬ男と体を重ねる彼女の眼はもはや何ものも映し出さないかのようであった。
そんな彼女の行方を探すタナーの手でやっとキットは砂漠からタンジールへと連れ戻される。が、もはや彼女はもとの自分へと返ることなどできない。タナーが一瞬目を離すともはや彼女の姿はどこにもなかった。

人間の理性とは、人間取り巻く総てのシステムのなかでは、小さな存在なのだ・・ということをかったったような映画。我々のこの世界は、大きな精神進化のなかの一部であるってことが汲み取れれば、ほぼ、この映画は不思議な満足感はある。でも、面白い映画だとは思わない。
ベルトルッチに面白い映画があるとは思えない。

by ssm2438 | 2009-09-03 23:05


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