西澤 晋 の 映画日記

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2009年 12月 17日

霧の中の風景(1988) ☆☆☆☆☆

f0009381_3453031.jpg監督:テオ・アンゲロプロス
脚本:テオ・アンゲロプロス
    トニーノ・グエッラ
    タナシス・ヴァルニティノス
撮影:ヨルゴス・アルヴァニティス
音楽:エレニ・カラインドロウ

出演:タニア・パライオログウ、ミカリス・ゼーナ

        *        *        *

アンゲロプロスのなかでは一番好き。というか唯一好き。

「絶望=死に至る病」と表したキェルケゴールだが、反転すれば、「希望だげあれば人は生きられる」・・ということになる。本編は、ドイツにいるということになっている父をもとめてギリシャからドイツに旅する12歳と5歳の姉弟のロードムービーの形をとっている。これは夢をもった旅ではない。その父というのも、どうやら母がかってに創造した人物のようだ。しかし、とりあえず母からその事実を聞き出さないでおけば、それは可能性としてのこされる。そして二人の子供は、家を出る。彼らは絶望したくないから、ありもしないが、否定されてもいない可能性をよりどころにして彼らが所属する世界から逃避したのである。

しかし、この物語では、ギリシャの国境のむこうはドイツという設定になっているらしい。当時みたパンフレットにそう書いてあった。おかげで見てる間は・・ん?みたいな印象をぬぐいきれなかったのも事実だが、ドラマとしては実に切実で、必死で、病んでて、美しい。

<あらすじ>
アテネに住む12歳の少女ヴォーラ(タニア・パライオログウ)と5歳の弟アレクサンドロス(ミカリス・ゼーケ)は、母から「父はドイツにいる」と聞かされていた。そんなヴォーラは毎日のようにアテネの駅にいっては、その列車に駆け込む自分をゆめみていたが、実際できるものではない。しかし、その日は乗り込んでしまった。切符はもっていない。デッキで身を寄せて眠る二人は車掌にみつかり途中の駅で降ろされる。
ヴォーラは駅長に「伯父さんに会いにいくのだ」話す。ふたりをつれて警察が伯父の勤める工場をたずねる「ふたりは私生児で父はいない」と語る伯父の話を立ち聞きしたヴォーラはショックをうける。

f0009381_3465537.jpgそして警察署に連れていふたりだが、ギリシャではめずらしい雪が降り始める。警官や人々はそとにでて、まるで時間がとまったように雪をながめる。ギリシャの町に降る雪。人々がただそらを仰いでいる。そんな風景のなか、二人は警察署から逃げ出し、旅を続ける。この監督さん、とっつきづらい印象があるが、実はこいうい現実をつかったファンタジーの描き方が実に上手いのである。

山道をあるいていると旅芸人を送迎するバスが通りかかり、それに乗せてもらう。街に着き、旅芸人たちと合流、運転手のお兄さんもなにかの用事で出て行く。ヴォーラは疲れ果てて眠っている。アレクサンドロスは時間をもてあまし、バスをおりてあたりを検索しにいく。眼が覚め、弟のいないことにきづいたヴォーラは彼をさがしにでる。パン屋に入り、サンドイッチがほしいといいます。店のオヤジにお金はと言われても、「お金はないけど、お腹が空いた」パン屋のオヤジは、お金がないなら稼げと食卓の上の瓶を片付けろという。

f0009381_3524183.jpgしばしその旅芸人たちと一緒に時間をすごすヴォーラとアレクサンドロス。送迎バスの運転手オレステスとあるいていると道に落ちていたフィルムの欠片を拾う。街灯に照らしてみると霧の向こうに樹が一本あるようにもも見えなくはない。弟はそれをもらう。
旅芸人たちと別れた2人は再び歩きだす。もう歩けないという弟の言葉にしかたなくヒッチハイク。一台のトラックがとまり、二人はのせてもらう。朝方、アレクサンドロスが眠っていると、オヤジはトラックを止め、ヴォーラを荷台に呼ぶ。その暗闇の中でレイプされるヴォーラ。ことが終わると彼女は無感動に血のついた手を眺めている。

再びあの青年に会うヴォーラ(この映画のなかではオレステスが都合よくあらわれる・・はは)。浜辺の店で音楽を聴いて休みながら、青年は姉に踊ろうという。二人は立ち上がって向かい合い、そろりそろりと共に歩くのですが、姉はその場を走り出してしまう。3人は宿に泊まり、姉が夜中起き出して、青年のベッドに行くとそこには誰もいない。やがて朝になり、青年は防波堤にすわっていると、海の中から静かに巨大な石像の手が浮かび上がってくる。石像の手はヘリコプターに吊られて運ばれていく。
夜、オレステスと姉弟はバーにはいってく。待っているように言われたヴォーラだが、それでもオレステスを探しにいくと、青年はそこで会った男と2人で出て行ってしまうんです。彼はホモだったのだ。
おいかけてきたオレステスと別れたヴォーラは弟と一緒にドイツをめざして歩いていく。人のよさそうな国境警備隊の兵士を誘い切符代を稼ごうとするが、やりきれない彼は彼女を抱くこともなく、金を投げ捨てるようにあたえて去っていく。
旅券がないので夜、川べりで監視の目を盗んでボートに乗る。彼らに向けて放たれる一発の銃声。翌朝、霧がはれていくと、ふたりの前に緑の草原と一本の木がみえてくるのであった。

さて問題です。
最後ふたりは生きているのでしょうか? それとも死んでいるのでしょうか?

by ssm2438 | 2009-12-17 00:31 | テオ・アンゲロプロス(1935)


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