西澤 晋 の 映画日記

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2010年 02月 20日

寂しい時は抱きしめて(2005) ☆☆☆

f0009381_1201650.jpg監督:クレメント・ヴァーゴ
脚本:タマラ・フェイス・バーガー/クレメント・ヴァーゴ
撮影:バリー・ストーン
音楽:バイロン・ウォン

出演:
ローレン・リー・スミス (ライラ)
エリック・バルフォー (デビッド)
ポリー・シャノン (ヴィクトリア)

        *        *        *

肌と肌、心と心の触れ合いを描いた映画

おもわぬ拾いものだった。R18指定の映画だけど、所詮は一般映画のうちなのでそんなに“H”があるわけではないだろうと思ってたらこれがどうして連打連打。R18指定の映画の中でももっとも“H”の多い映画ではないだろうか。・・しかし! この映画の“H”は、サービスの“H”シーンではない。これがシャロン・ストーンのサスペンスだったりするとサービス“H”ばっかりだけど、もちろんそれはそれで嬉しいのだが、この映画は、それが絶対不可欠だから描いているという説得力がある。なのでそこらのR18指定映画とは明らかに違っている。
“H”シーン自体も“H”することよりも肌に触れること、肌と肌を合わせることを重点的に描いているので実にほんものっぽい感じが体感できる。これがハリウッドのアクション映画とかエロチックサスペンスの中の“H”シーンだとどうしても象徴的表現になりがちだが、この映画は、“H”にいたるまでの肌へのふれあいを丹念に描いてくれてる。“H”に憧れる世代には向かないかもしれないが、“H”を経験してる人たちが“ああ、この感じわかるわかる・・”という、あふれ出しそうな欲望の調整された感じが実にリアルです。
セックスを描いた映画というのは実はそうあるわけではないが、この映画は実に良い感じで描かれている。

主人公のライラは、セックスは出来ても恋愛は出来ない女性。この映画が制作された翌年アシュレイ・ジャド主演で『恋愛依存症』という、これもセックスは出来ても恋愛の出来ない恋愛恐怖症の女性の話が作られた。メンタリティ的には同じなので暇がある人はみくらべてみるのもいいだろう。
ただ・・・私の意見としては、女というものはセックスは出来ても男を愛する能力はないものだと思っている。この『寂しい時は抱きしめて』の最後は、二人はひっつくのだが、どうみても女のほうが男を愛しているとは思えない。そういう意味ではリアルだなあ。

この映画をみるきっかけになったのは『警察署長ジェッシイ・ストーン』シリーズに出ていたポーリー・シャノンをみたくて、彼女が出ている映画を探していたのだが、なかなかの映画に偶然めぐり合えたものだ。ポーリー・シャノンもけっこう色っぽくて、ちょっと意地悪そうで、とってもいい感じだった。

しかし、“H”シーンのたびにきちんとコンドームをつけるのはいかにもカナダ映画らしい。ジェームス・ボンドなら絶対にありえないシーンだ。

<あらすじ>
f0009381_913482.jpgライラ(ローレン・リー・スミス)は、オナニーでは抑えられない心の虚無感を埋めるためにクラブに出かける。洗面所で知り合った男デビッド(エリック・バルフォー)になにかしら求め合うものを感じたライラだったが、外からその男を呼ぶ声がする。出て行く男。しばし時間をおいて出て行くと、彼に声をかけた女(ポーリー・シャノン)が意地悪そうに見つめている。フロアでは先ほどの男がライラに熱い視線を送っているが、ライラは他の男たちになぶられるように踊っている。やがてこれ見よがしにそのうちの一人の手を引いて外に出て行く。
やがてデビッドは連れの女をつれて駐車場の自分の車に戻ると、前方でライラが男のまえにひざまづきフェラチオをしてあげている。その後姿を興味深くみつめるデビッドの股間に連れの女の手が伸び、やがて顔をうずめていく。立ち上がり向きを換え、男に後ろから自分を犯させるライラ。目の前には先ほどあったデビッドが前方の車の中にいて、隣の女の頭が彼の股間でゆっくりと動いていた。そんなライラとデビッドは見詰め合ったまま、他の人とセックスをし果てた。

ライラの家庭はほとんど崩壊しており、離婚が避けられない状態になっていた。自分の育った家にもどるとライラの子供の頃の荷物がまとめられていた。家もそのうち売り払うようである。さらなる孤独感につつまれるライラはデビッドをもとめてクラブの近くを歩いてみる。実はデビッドの部屋はその近くにあり、窓からライラの姿がみえた。言葉を交わさない、さりげない誘い合いがあり、ライラはついに彼の部屋を訪れる。彼にフェラチオをしながら連れの女のことを尋ねると「別れた元彼女だ」と彼は言う。番号を交換してまた会うことを期待しながら別れるライラ。やっと孤独をいやせる相手をみつけたと思った。
しかし彼女の職場に例の女が訪れる。「もう寝た? 彼は母親の愛に受けているの。あなたは母親になれる? コックをしゃぶることはできても、愛はかえないわよ」と意味ありげな言葉をのこして去っていく。
それから何度か会ううちに恋愛恐怖症のライラでも、恋愛感情をもちはじめる。しかし、彼の部屋を訪れるたびに別の人物の気配がする。ある日連絡もなく彼の部屋をいってみるライラ。少し戸惑ったデビッドだが、やはりいつものように身体をあわせる。心地よい疲労感から眠ってしまうライラ。バスルームから聞こえてくる音に目が覚め覗いてみると・・・。

by ssm2438 | 2010-02-20 09:24


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