西澤 晋 の 映画日記

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2009年 09月 02日

怒りの葡萄(1940) ☆☆

f0009381_14381483.jpg監督:ジョン・フォード
脚本:ナナリー・ジョンソン
撮影:グレッグ・トーランド
音楽:アルフレッド・ニューマン

出演:
ヘンリー・フォンダ
ジェーン・ダーウェル
ジョン・キャラダイン
チャーリー・グレープウィン

        *        *        *

この時代のひとは「共同体」が好きなんだろうなあ・・

80年代にリバイバルをするというので見に行った作品。なんだかんだいってもジョン・フォードの映画の中でまともに劇場でみたのはこの映画だけなので、そういう意味では想い入れがないわけではないのだけど、フォードの作品のなかではあまり面白いとは言いがたい。それにかなりプロパガンダ的な臭いがするのも事実である。それでも1940年のアカデミー監督賞はとったらしいのだが・・・どうなんでしょうねえ? というか、作品賞とか脚本賞でないってのがどうしてもお話的にはいただけないってことを意味しているような気がする。

スタインベックによる原作は『怒りの葡萄』(The Grapes of Wrath)は、1940年にピューリッツァー賞を受賞。後うけるノーベル文学賞受賞(1962年)も、主に本作を受賞理由としている。
1929年に起きた大恐慌で経済は収縮、さらにアメリカ中西部では土地の荒廃による砂嵐が深刻な問題となり、農業にも打撃を与えた。さらに機械化により大規模資本主義農業に移行するその初期の時代であり、職を失った小作農民たちは住み慣れた土地を離れ、かすかな仕事の可能性をもとめて旅をしていく。仕事をもとめる小作農民たちはあふれ、賃金はどんどん安くなる。そんな賃金に文句を言えば、赤呼ばわりされ使ってもらえない。この映画はそんな状況下の話。小作農民たちのひたすらドツボのような生活が延々と描かれ、夢すらみられないようは状況。
原作は映画よりももっとどんよりと重苦しいのだと思うが、それでもこの映画は、ジョン・フォードのヒューマニズム演出だからこのくらいにおさまっているのだと思う。誰か他の人が、たとえば『セールスマンの死』フォルカー・シュレンドルフとか『ダンサー・イン・ザ・ダーク』ラース・フォントリアーとかが本気にこの映画をやるともっと救いのないドツボなものになりそう。
・・・しかし、アメリカという国は、今も昔も、無駄に貧富の格差がありすぎる国だと思う。もうすこし節度のある格差にしとけばいいのに・・。

<あらすじ>
トム・ジョード(ヘンリー・フォンダ)が刑務所から出て、オクラホマの実家にかえってみると、そこは空き家になっていた。砂嵐のため畑の収穫がなく、家を差し押さえられた彼の一家は伯父の家に身を寄せていた。トムは4年ぶりに母(ジェーン・ダーウェル)と抱擁した。ジョード一家は中古トラックに家財道具を積み、オクラホマをあきらめ、豊かだというカリフォルニアへ移ることにする。
カリフォルニアの移民キャンプについた。そこでは賃金のピンハネをする労働ブローカーと労働者の争いがおこっていた。ジョード一家は農場のす桃もぎの仕事を得た。住まいも与えられた。ジョード一家と一緒に来た元説教師のケーシーは保安官たちにストライキの首謀者と思われ、乱闘のなかでケーシーは殺される。怒りが爆発したトムはケーシーを殺した男を殺してしまう。ジョード一家は農園から逃げるしかなかった。
トラックは走り続け国営の農務省キャンプに入った。そこの設備がととのい清潔だった。しかし付近の農場主たちは国営農場の賃金がよいので快く思わない。あるパーティの夜、暴力団をおくりこみ、騒ぎをおこさせ、そこに警官をおくりこみ、キャンプから人を追い出そうとたくらんでいた。この動きを前もってしっていた自治会のメンバーは、怪しい人物を先に特定し、トムと協力してこれらを騒ぎを起こす前にぼおぼこにし、計画を未然に防いだ。トムは仮釈放の身でありががら州外へ出ていたので、一同に迷惑をかけるのを恐れ1人立ち去る決心をする。母はトムを暗闇の中に見送った。翌朝ジョード一家は綿つみの仕事に出発する。

by ssm2438 | 2009-09-02 14:42


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