西澤 晋 の 映画日記

ssm2438.exblog.jp
ブログトップ | ログイン
2010年 03月 09日

ラスト・ショー(1971) ☆☆☆

f0009381_0521999.jpg監督:ピーター・ボグダノヴィッチ
脚本:ラリー・マクマートリー
    ピーター・ボグダノヴィッチ
撮影:ロバート・サーティース

出演:
ティモシー・ボトムズ (ソニー)
ジェフ・ブリッジス (デュアン)
シビル・シェパード (ジェッシイ)
ベン・ジョンソン (映画館主サム)
クロリス・リーチマン (コーチの妻・ルース)


        *        *        *

今年、アカデミー主演男優賞とったジェフ・ブリッジズが最初にアカデミー助演男優賞とったのがこの作品。1972年のキネマ旬報洋画部門1位だったと記憶している。
時代的にはアメリカン・ニューシネマの期間にはいるし、スピリット的にはそんな性質がなきにしもあらず。ニューシネマの時代は、それまでに構築されてきた歴史的権威や、社会を否定し、どうせこんな中ではどうにもならないだ・・というあきらめ感が充満、そのなかである映画はヌ責任銀行強盗に走るし、そうでないものは『真夜中のカーボーイ』みたいにただひたすらにドツボにはまり朽ち果てていく。この映画も、社会に抵抗できなくて朽ち果てていく哀愁が一杯つまっていた。

監督は『ペーパームーン』『マスク』ピーター・ボグダノヴィッチ。正直なところ、この監督さんの映画はこれとその2本しか見たことがない。そして、この映画・・・それほどいいとも思わなかった。なんでこれがキネマ旬報1位だったんでしょう?? 1972年には『ゴッドファーザー』、『フレンチコネクション』、『わらの犬』、『時計仕掛けのオレンジ』、『死刑台のメロディ』など、そうそうたる作品が目白押しだったのに・・・。しかしこの頃の映画というのは露骨にインパクトのある映画がおおかった。その象徴となっているのが町で唯一の映画館。そんな状況のなかでも若者は若者の興味と夢と社会との妥協のなかで生きていくしかない。

主演のティモシー・ボトムズはのちに私の大好きな『ペーパーチェイス』で主演とつとめることに。おお、こんなとこでデビューしてたのですか?ってかんじでした。このころのティモシー・ボトムズは、『普通の人々』ティモシー・八ットンをちょっと丸っこくした感じで、とってもみずみずしかった。
助演のジェフ・ブリッジズシビル・シェパードの彼氏役で、彼女が何とか処女を捨てたいと思ってるのになかなか上手く出来ずに解消なし呼ばわりされていた。後に『キングコング』ジェシカ・ラングと競演するが、私の中ではこのジェシカ・ラングとシビル・シェパードはなんとなくダブってしまう。ちなみにシビル・シェパードはこの映画できっちりヌードを披露してくれていた。恥ずかしさを押さえて、みんなの前で着る物をすべて脱いでプールに飛び込むときにぎこちなさはとっても素敵だった。しかし、このシビルシェパードが演じたジェッシイという女は美しいかもしれないが、実に最低のクソ女だった。歴代の映画の中に登場した女で、男心を踏みにじる、もっとも許せない女の一人にこの女は上げられるだろう。

痛かったのはティモシー・ボトムズと関係を結ぶようになってしまった、コーチの奥さん(クロリス・リーチマン)。ぎこちなくはじまった年の差もかなりある二人の関係だったが、老いに劣等感を感じてて、結局ティモシー・ボトムズが会いにこなくなり、最後に精神的にうちのめされた彼が会いにきたとき、そのくやしさを爆発させるシーンはんみてて心が痛かった。。

<あらすじ>
1951年、テキサスの小さな町アナリーン。その街にはサム(ベン・ションソン)が経営するロイヤル映画館という映画館が一館だけあり、ビリーという知恵遅れの少年がいつも表を掃除していた。そこは若者たちの唯一のデートの場所であり、ハイスクールのソニー(ティモシー・ボトムズ)とデュアン(ジェフ・ブリッジス)もそこに彼女と一緒にきてたい。ソニーはガールフレンドのシャーリーンと付き合って1年になるが、“H”まではいたらないままにげられる。デュアンは町一番の美少女のジェイシー(シビル・シェパード)と付き合っていたが、彼女にとってデュアンでは物足りないと思われていた。

ある日、ソニーはフットボールのコーチに、彼の妻ルース(クロリス・リーチマン)を、病院まで送り迎えするように頼まれた。それをきっかけに30歳ちかくも歳のはなれたルースと付き合うようになってしまう。いまだ童貞のソニーも、老いを隠せないルースも、自分に劣等感をもちつつもベットをともにする。夫に無視され続けてきたルースは、少女のように恋に燃えていた。
一方処女を捨てるのに劣等感を感じていたジェッシイはデュアンと共にモーテルに入る。しかし、デュアンは若さゆえに失敗。そんなデュアンに嫌気をさしてきたジェッシイはソニーに言い寄り、それが原因でデュアンとソニーは険悪なムードになり殴り合いのケンカをしてしまう。傷のいえたソニーはジェイシーから求婚され、かけおちしようとハイウェイをとばしたが、パトカーに捕まってしまう。するとジェイシーはあえなく気が変わってしまった。ジェッシイの言葉に魂などこもってないのだ。つねに彼女は見てくれと世間体だけを気にする女でしかなかった。
デュアンは町を出る決心をした。朝鮮戦争へ出征するという彼とソニーは一緒にロイヤル劇場の閉館上映を見にでかけた。劇場には二人しかいなかった。デュアンをバス停留所で見送った、ビリーが路上でひき殺されていた。

この映画はとにかく非情なのだ。必要でないものはどんどん排除されていく。
そんな中で男は女に夢をみるのである。

悲しみにくれたソニーが最後に行き着いたのはルースの所だった。彼女は自分を棄てたソニーに向かって怒りを投げつけた。
「何度も何度も心のなかで謝ったわ。・・・なんで私が謝らなきゃいけないの!!」、その怒りの声はいつしか泣き声に変わり、彼女の手は静かに無表情なソニーの手の上に置かれていた。

by ssm2438 | 2010-03-09 00:53


<< マスク(1984) ☆☆      愛のレッスン(1954) ☆☆ >>