西澤 晋 の 映画日記

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2010年 03月 15日

いつも心に太陽を(1967) ☆☆☆

f0009381_23495486.jpg監督:ジェームズ・クラヴェル
脚本:ジェームズ・クラヴェル
撮影:ポール・ビーソン
音楽:ロン・グレイナー

出演:シドニー・ポワチエ (サッカレイ)

        *        *        *

1960年代不良生徒はまだ純粋でよかったなあ。

荒廃した中学校に赴任してきた黒人の先生シドニー・ポワチエが、問題児の家庭問題やら、心の病やらと取り組み更正させていく映画。しかし、10年前くらいにモーガン・フリーマン主演、ジョン・G・アヴィルドセン監督の『ワイルドチェンジ』という不良学校更正映画があったが、こちらと比べるとこの『いつも心に太陽を』はかなり牧歌的だったなあっと思ってしまう。

この映画で印象にのこってたのは、「紳士たれ、淑女たれ」的なスピリット。問題のある子供たちの心の問題や、その家族の問題をひとつひとつつぶしていくのは、最近でもよくある不良生徒更正ものと同じなのだが、シドニー・ポワチエの教えの一つが「紳士たれ、淑女たれ」的なスピリットだった。我々日本人から見ると、“中身のないのにカッコだけつけるなよ”って思ってしまったのだが、欧米の社会においては、紳士の振りをする。淑女の振りをするというのは、大事なことなのだろう。その昔『グレート・ギャッツビー』を読んだときにそれを思った。
貧しい家にうまれたギャッツビーが貴族になるためにの一日の日課を書いた時間割が紹介されるのだが、そのなかに「紳士の振る舞いの勉強」というのがあったように覚えている。そして英会話学校などで外国人と話をするといつも思うのだが、彼らは、相手のプライドを立てて、なおかつ自分の言い分も通すすべをこころえているなあって感心する。日本人の場合は、どうしても自分の言い分を通そうとすると相手の面子を踏みにじりかねない。なおかつ、それに耐えるドラマもやたらと多い。この映画をみるとそういう文化的な根底の違いを感じたものだ。

<あらすじ>
貧しい地区の中学校に赴任してきたマーク・サッカレイ(シドニー・ポワチエ)。しかし、彼が受持つクラスには、手のつけられない連中ばかりだった。サッカレイは生徒たちに規律とか自尊心、自制心、責任感などを教えこむには、彼らを大人として扱う必要があると悟り、まず彼らに基本的な礼儀を守らせることにした。効果は少し実あらわしはじめ、サッカレイは生徒たちに尊敬されるようにさえなった。
体育の時間で、体育教師と生徒たちが険悪な状態になると、サッカレイは体育の時間を代わって担当した。しかし、これをいいことに、不良少年たちは、ケンカの強いデンハムとボクシングで対決することを強制してきた。しかし挑戦をうけたサッカレイは、彼をノックアウトしてしまう。サッカレイと生徒たちの間にまた新しい絆が生まれた。しかし、サッカレイは、彼のプライドを傷つけてしまった自分の方法が失敗だったと考える。ちょうど新しい仕事も決まった、その会社に移ろうと思っていたサッカレイだが、卒業のダンス・パーティーで、生徒たちの姿はガラリと変わって、立派な大人になっていた。そして生徒たちから贈られたカードメッセージをよんだサッカレイは、学校にとどまる決心をしたのだった。

by ssm2438 | 2010-03-15 23:49


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