西澤 晋 の 映画日記

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2010年 03月 16日

パトリオット・ゲーム(1992) ☆☆☆

f0009381_1475510.jpg監督:フィリップ・ノイス
原作:トム・クランシー
脚本:W・ピーター・イリフ/ドナルド・スチュワート
撮影:ドナルド・マカルパイン
音楽:ジェームズ・ホーナー

出演:
ハリソン・フォード (ジャック・ライアン)
アン・アーチャー (キャシー・ミュラー・ライアン)
ショーン・ビーン (ショーン・ミラー)

        *        *        *

軍事作戦を衛星からのサーモグラフ画像だけで処理するとは・・スゴイ!

これは画期的だった。兵士たちの作戦行動を、衛星からの赤外線サーモグラフ画像で見ているCIA。それでことが終了。命の重さがこれほど軽く描かれた演出はかつてなかった。衝撃的だった。政治の上層部が思っている戦争というのは、このくらいドライなものなのかとおもわせる、衝撃映像だった。かつれこれだけ、戦場をアイコン的に処理した映画があっただろうか。この映画はこの演出だけで、映画史上に残る特質すべき映画になったと思っている。なので☆ひとつおまけ。

・・・しかし、すごいのはその演出だけで、あとはそれほどでもないかな。特にストーリーの体温がやたらと変わるのがきになる。たまたま出くわしたテロ襲撃事件で、IRAのテロリストの一人をころしてしまうことになったジャック・ライアン。その敵を討つために殺されたテロリストの兄がジャック・ライアンに復讐するという話。やりたいことは理解できる。どんなに高度な情報システムにまもられている世界でも、結局は男と男の戦いであるってことのだろうだろう。ただ、事件が風呂敷を広げている割には、個人的なうらみつらり、ライアンにしてみれば逆恨みなので、どうにも理不尽なだけ。それを映画にされてもちょっとスケール的に小粒だったかな・・という印象。前作のレッドオクトーバーというソ連の原潜を拿捕する話くらいのスケールはほしいものだ。

しかし、トム・クランシーの話というのは、この話にかぎらず凝っているえらく専門的に凝っているのだけど、そんなプロなのにかなりマヌケなことも平気で起きる。プロフェッショナリズムとヘボ凡人性がみょうに交錯するのはなんとかならんかなあ。

<あらすじ>
CIAを辞め、海軍学校の教官となったジャック・ライアン(ハリソン・フォード)は、英国海軍大学でのスピーチを終え、妻キャシー(アン・アーチャー)が待つバッキンガム宮殿へ向かっていた。その時テロリストが1台の車を襲撃するところに出くわ、ドサクサの戦闘のなかで銃をとり、本能的にテロリストに立ち向かい負傷しながらもひとりを射殺した。生き残ったテロリスト、ショーン・ミラー(ショーン・ビーン)は駆けつけた警察に逮捕されたが、ジャック・ライアンの顔をにらみつづけていた。に彼に殺されたのがミラーの弟だったのだ。
1カ月あまりのイギリス滞在を終え、自宅に戻ったライアン一家。その頃、テロリスト集団のリーダー、ケヴィン・オドンネル(パトリック・バーギン)と、赤毛の美人アネット(ポーリー・ウォーカー)らは別の警察署へ護送中のショーンを奪還。ある日授業を終えたジャックは不審な男に襲われ、危機一髪で海軍兵に助けられるが、その頃サリーをつれたキャシーはハイウェイ上で襲撃され、車はコンクリート壁に激突してしまう。一命はとりとめたが娘サリーは重体だった。
CIAではテロリスト担当の専門家がショーンたちの行方を追い、衛星などの情報や「一味に女が絡んでいる」とのジャックの証言から北アフリカにテロリスト訓練キャンプを割り出す。CIAの特殊工作員たちが、深夜かれらを強襲、殲滅した。しかし、ケヴィンらは一足早く脱出、再びアメリカへと向かっていたのだ。嵐の中、ジャックらは命からがら海へ逃げ出す。弟の復讐に怒り狂うショーンはケヴィンとアネットを射殺、ジャックに襲いかかるが、海上での死闘の末ジャックはケヴィンを倒すのだった。

個人的な恨みつらみの話に、CIAが手助けする展開であり、子供のけんかに親がでてきた・・みたいな印象、あんまり気持ちよくない展開の話だった。

by ssm2438 | 2010-03-16 01:47


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