西澤 晋 の 映画日記

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2011年 05月 21日

ラストタンゴ・イン・パリ(1972) ☆☆☆☆

f0009381_15124655.jpg監督:ベルナルド・ベルトルッチ
脚本:ベルナルド・ベルトルッチ/フランコ・アルカッリ
撮影:ヴィットリオ・ストラーロ
音楽:ガトー・バルビエリ

出演:
マリア・シュナイダー (ジャンヌ)
マーロン・ブランド (ポール)

        *        *        *

何を撮ってもおもしろくないベルトルッチの中では、面白いほうの映画。

見る前は「きっとベルトルッチだから面白くないだろうなあ」って思ってたら・・、以外に良かった。ヴィットリオ・ストラーロの描き出す色がいいからついつい見ちゃうって部分もあったかな。この人のコントラストは好きだなあ。

人は誰でも逃げ込む場所が必要なのだ。それが人によっては書斎であり、主婦だったら台所かもしれない。あるいは浴室かもしれないし、大都会の駅の公衆トイレかもしれない。とにかく自分を確保できる場所が必要なのだ。このレビューを書くまえにジェーン・カンピオン『ピアノ・レッスン』を書いた。ホリー・ハンター演じるエイダは口がきけなくて、そんな彼女が自分にひたれす時間といえばピアノを弾いているときだけだったのだろう。そしてこの映画では、マーロン・ブランドマリア・シュナイダーが自分にひたれる場所が、あの空間だったということなのだろう。しかし、あの部屋がいいのは、自分に浸れるが、それをシェアしてくれる人もいる・・という、実に魅力的な空間として設定されているということだろう。現実から隔離された空間。

恋人と住む部屋を探していたジャンヌ(マリア・シュナイダー)が、「空き部屋あり」の張り紙がアパートを見つけ、管理人に部屋を見せてもらいたいと言うと、その鍵が見当たらない。仕方なく帰ろうとすると、合鍵があるという。その部屋に入ってみると、中年の男ポール(マーロン・ブランド)いた。二人はそこでセックスをした。それからというもの、男はその部屋を借りることにし、最低限度の生活備品を用意した。ベットはなく、床にはマットレスを敷いた。ジャンヌもときどきその部屋をおとずれるようになり、二人はお互いの名前もあかさず、そこで密会をするようにある。
f0009381_8412280.jpgちまたの解説を読むと、ここにはセックスしかないような書かれ方しているものが多いが、けっしてそういういみではない。心がふれあう場所として、この部屋が存在している。その一環としてセックスもしたくなったらする。しかし、心を暴露するわけでもない。隠したかったら嘘も言う。ホントかもしれない。話したいことを話す。精神カウンセラーとの会話みたいなものだ。

一方ジャンヌの現実の世界では、TVディレクター兼恋人のトム(ジャン・ピエール・レオ)がいて、彼の演出のもとで「少女の肖像」というドキュメントを撮っている。たぶんこれは意図的にコントラストをつけているのだろう。マーロン・ブランドと会うあの部屋では、嘘ともホントともとれるどうでもいい会話をしているのだが、そこでは心が純粋でいられる。怒りを感じた時は怒ればいい。しかし、現実の世界で、それもドキュメントを取っているにもかかわらず、その中にいるジャンヌ自身は実にうそ臭い。

ポールは下町で簡易ホテルを経営していた。彼の妻ローザは自殺した。彼にはその理由が分らなかった。彼は、妻と肉体関係を結んでいたホテルの住人マルセル(M・ジロッティ)を訪れ、妻の話を聞いた。妻は自分よりもこの男を愛していたようだ。花にかこまれた妻・ローザの遺体のまえでぼそぼそと悪態をついた言葉をなげかけながらも、喪失感に耐えられないポール。
既に死んでいる妻の痛いに向かって「まるでオフィーリアのような格好をしてどうしたんだ?」といいうような台詞があるが、ちょっと嬉しかった。ヴァージニア・マドセン『ファイヤーウィズ・ファイヤー』という映画のなかでこのオフィーリアを再現しようとして自分をモデルに写真をとっているシーンがあった。これはこの画を知っている人がみるとちょっと嬉しいシーンだった。

ある日、ジャンヌがその部屋へ行ってみると、家具は既に運び出されていた。あの男が何処に言ったのか聞き出そうと管理人にせっつくが、分らないというだけ。「夢は終わったのだ」と悟り、管理人が呼び止める言葉も聴かずでていくジャンヌ。あの時ジャンヌの中ではその部屋での自己にひたる時間は終了したのだろう。
数日後、そこに恋人のトム連れて入る。二人で住む部屋を探していたのが本来の目的だったので、その部屋をトムに見せたのだが、トムは気に入らないようで、先に帰ってしまう。その部屋の戸締りをして一人帰っていくジャンヌの前に再び現れるポール。彼はそれまで語らなかった自分を語りはじめ、再びやり直そうと迫る。
社交ダンス・コンテストが開かれていたホールのテーブルで二人は散々酒をあおり、とりとめのない会話をかわした。そしてコンテストの決勝に残った数組のダンスが始まると、二人はその会場に乱入、彼らなりのタンゴを踊った。会場は異様な雰囲気につつまれ、審査員に彼らは追い出されてしまう。逃げるジャンヌを、ポールは執拗に追い、最後は彼女の家へ押し入った。

ジャンヌにとって夢の終わりは現実だったが、ポールにとっては、夢の終わりは更なる夢の始まりだった。
そのすれ違いが悲しい結末にむかう。

by ssm2438 | 2011-05-21 08:41


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