西澤 晋 の 映画日記

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2010年 04月 12日

ダークナイト(2008) ☆☆☆☆

f0009381_358215.jpg監督:クリストファー・ノーラン
脚本:ジョナサン・ノーラン/クリストファー・ノーラン
撮影:ウォーリー・フィスター
音楽:ジェームズ・ニュートン・ハワード/ハンス・ジマー

出演:
クリスチャン・ベイル (ブルース・ウェイン/バットマン)
ヒース・レジャー (ジョーカー)
アーロン・エッカート (ハービー・デント検事)
ゲイリー・オールドマン (ゴードン警部補)
マイケル・ケイン (アルフレッド)
マギー・ギレンホール (レイチェル・ドーズ)
モーガン・フリーマン (ルーシャス・フォックス)

        *        *        *

それぞれの人の良心・信念に疑問をもたせるという恐るべき策略・・。

いやいやnなかかか恐ろしい映画だった。安易にエンタテーメントとして撮るにはあまりに凶悪な映画だった。それがこの映画の正直な感想だった。

ドラマというのは「悪」をどう設定するかで、その面白さというものが決まってしまう。今回のこの映画は、その「悪」の設定が極めて作り手の戦略として成功したいい例だろう。前回のジョーカー(ジャック・ニコルソン)の場合は単なる道化だったが、今回のジョーカー(ヒース・薬中・レジャー)は、恐怖を演出する一つの法則をもっていた。それが<その人の良心・信念に疑問をもたせること>。
それは冒頭の銀行強盗のシーンから炸裂している。同じ銀行強盗をやらかす仲間たちに、“この仲間たちは信頼すべき人間ではない”という暗示を植えつけている。複数の人間で銀行強盗をやらかすのだがら、、やる以上は信頼関係というのがとても大事になるのだが、そこにクエッションマークを投げつけてくる。しかし、銀行強盗をする以上、同じ危険を犯すもの同士として信頼せずにはいられない。このメンタリティの不安定さを見事にもてあそぶジョーカーの悪徳ぶりがスゴイ。

これは、バットマンことブルース・ウェインにもいえることだ。ブルース・ウェインは、それまで丸腰でゴッサムシティの悪とたたかってきた(原作の中には、苦汁の決断の結果バットマンが銃を持つ・・というエピソードもあるようだが・・)。自分の良心を殺した銃を持たない・・というのは彼の信念だった。しかし、この映画のジョーカーは、そんな彼の信念にすら疑問をもたせる。そしてそれは映画だけでなく、この映画の基本コンセプトにすら疑問を持たせるようになっている。見ている人、この原作を最初に書いた人、そういう人の良心・信念にさえ疑問をなげかけるような構成になっている。

そもそも、この映画では、すでに原作の信念はかなり違和感を感じるものになっている。描かれるイベントが凶悪でリアルであるがゆえに、バットマンのもつ信念が歯がゆいものになってきているのだ。それはもうリアルな犯罪の前では『バットマン』という物語のコンセプトは機能しなくなっていることを示しているような気さえする。多分『バットマン』というコンセプトが成立するのは、バットマンが銃を持たずに解決できる範囲のドラマであることを前提にしているのだと思う。それを越えてしまうともう『バットマン』ではなくなるのだ。それをむりくり銃をもたないバットマンで解決しようとして、とりあえず解決しているが、見ている側にしてみれば違和感を感じまくりなのだ。さらに「ダークナイト」として身分を隠して存在しているにもかかわらず、やっていることは警察と同じ、事件が起きた後、相手を殺さず捕まえる・・ということ。しかし、行われる悪行に巨大な邪悪性を感じてしまう場合は、「ダークナイト」なら事件が起きる前に、その原因となる存在を抹殺してもらいたい・・と願うものだ。この覆面性とその行いに疑問をもってしまう。

この映画は、クリストファー・ノーランによる、ジョーカーをいうキャラクターを通しておこなわれた、良心・信念に疑問を投げかけた映画だといえるんじゃないだろうか。それは物語に登場する人物だけにとどまらず、それを見る観客も、そしてこのこの原作の良心に対しても・・・。

<あらすじ>
バットマンことブルース・ウェイン(クリスチャン・ベイル)はゴッサム市民を守るべく、毎夜悪と戦い続けていたが、ゴッサムに真の平和が訪れることはなかった。バットマンはゴッサム市警のジム・ゴードン警部補(ゲイリー・オールドマン)と協力して、マフィアの資金洗浄元である銀行を摘発するという手段に出る。しかし、行的機関の中にはマフィアの内通者もおり、失敗も危ぶまれたが、新任の地方検事ハービー・デント(アーロン・エッカート)の強引な政治力によりマフィアの資金源を断つことに成功する。
そんなハービーの姿に、ブルースは彼こそゴッサム・シティが求める真のヒーロー像をみいだし、バットマンを引退しようと考え始める。ブルース・ウェインにとって、バットマンの引退は、かつての幼なじみである地方検事補レイチェル・ドーズ(マギー・ギレンホール)を求める自分にゴーをかける次期でもある。しかしそのレイチェルはブルースとハービーとの間で揺れ動いていた。
一方、資金源を断たれて悩むマフィアたちは、彼らの前にジョーカー(ヒース・レジャー)と契約、バットマン抹殺をくわだてる。これまで自身のルールに従って犯罪と戦ってきたバットマンは、その信念に疑問を持たせるジョーカーの心理戦の前に苦戦を強いられる。そんなジョーカーの真の目的は金でもバットマンの命でもなく、ゴッサムシティの人々総てに、その人が持つ良心に疑問を投げかけることだった。ジョーカーはゴッサムに「恐怖」と「混沌」をもたらし、人間のエゴをあばきだしそうとする。

by ssm2438 | 2010-04-12 03:59


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