西澤 晋 の 映画日記

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2010年 04月 12日

サンシャイン2057(2007) ☆

f0009381_12393248.jpg監督:ダニー・ボイル
脚本:アレックス・ガーランド
撮影:アルウィン・カックラー
音楽:ジョン・マーフィ

出演:
キリアン・マーフィ (キャパ)
真田広之 (カネダ)
ミシェル・ヨー (コラゾン)
クリス・エヴァンス (メイス)
ローズ・バーン (キャシー)

        *        *        *

SF的なコンセプトは悪くないのに、なぜホラー系に振る??

ダニー・ボイルの映画っていつも、舞台設定は悪くないのに、後半から安易なサスペンスとかホラー系の展開にしてしまって、盛り上げようとするがそれがいつも失敗してるように感じるのは私だけなんだろうか? デカプリオの『ザ・ビーチ』なんかにしても、そのユートピアの中で、徐々にほころびが出てきて「やっぱりこういうユートピアは幻想だったんだ」みたいな話にすればいいのに、いきなり侵略者とかを登場させてアクションものにしてしまうし・・、なんか変な方向性の人だ。彼の作品をみるときは「はずれるだろうなあ」って思ってみるのでそれほどショックはないけど、もったいないなあとも思う。この人もホモ監督なのかな(苦笑)? 

船内に植物を栽培しているのはとても嬉しかった。なんでも火星に向かうプロジェクトの一つとして、長期間宇宙に滞在するものにとって、植物は心の安定によいそうな。食料確保や二酸化炭素の吸収、酸素の放出などもその理由なのだろうが、それ以上に、毎日すくすくと成長する植物をみていると、その場が憩いの場になるらしく、乗組員の精神的ストレスを緩和するのによいそうな。このイカロス2号にもでっかい植物園があり、そういった設定だけはとても好感もてたりする。

ただ、遭難した宇宙船とドッキングしてからはホラー仕立てに路線変更、艦内を捜索中に1コマか2コマだけ、その船の乗組員の写真を映しているのだけど、これは見ていていらついてしまう。結局こういうサブリミナル的1コマ・ポン置き演出をされると、劇場ではそれ以上見る気がしなくなる。きっと劇場でこれやられたら私はその場出るね。見えないものをそこに置かれると、結局あれはなんだったんだ??と考えるようになり、それはDVDが発売されてから止めてみないことには分らないことであり、もう、その時点ではその後の物語はどうでもよくなってしまう。幸い私はこれをレンタルでみたからいいけど、こういうクソ演出にはそれだけで腹がたつ。
で、DVDはもちろん止めて何が映ってるのかみてから先に進んだ。しかし、もうあとはどうでもよくなってた。こいう作業を見る間にさせること自体が演出として最低だ。

あと、真田広之が艦長なのは嬉しい。日本人がそういう地位にある映画というはけっこう珍しいので、初めの頃はなんとなくうきうきしてみていたが、あっという間に死亡、物語から排除されてしまった。

<あらすじ>
2057年。地球に熱を供給する太陽の活動が衰え、地球は凍りにとざされ死滅しようとしていた。人類の最後の希望をのせた宇宙船イカロス2号は、マンハッタンとほぼ同じサイズの核装置ペイロードを太陽に投下し、活性化させるという極めて困難なミッションに挑もうとしていた。
イカロス2号が水星の軌道上に差し掛かったとき、七年前に交信を絶ったイカロス1号からの遭難信号を受信した。ペイロードの専門家キャパ(キリアン・マーフィ)は、ミッションの成功確率を高めるため、イカロス1号に搭載されたもうひとつのペイロードを確保した方がいいと主張。大事なミッションのなか、予定外の行動派慎むべきだと主張するクルーもいたが、キャパの意見に賛成したカネダ船長(真田広之)は、イカロス1号へ向かう決断をする。しかし事故が起こり、船外活動でそれを修復しようとしたカネダ船長は太陽に焼かれて死んでしまう。
漂流中のイカロス1号へのドッキングを果たし、その内部に足を踏み入れていくクルーたち。そこいは既に生存者は誰もいように思えた。作業を終えて再び太陽に向かうイカロス2号だが、その船内には生命反応が1人分増えていた。そしてクルーたちは戦慄の恐怖のなかで1人、また1人と命を落としていく。

by ssm2438 | 2010-04-12 12:45


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