西澤 晋 の 映画日記

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2010年 04月 25日

冬の光(1962) ☆☆☆

f0009381_10565856.jpg監督:イングマール・ベルイマン
脚本:イングマール・ベルイマン
撮影:スヴェン・ニクヴィスト
音楽:ヨハン・セバスチャン・バッハ

出演:
グンナール・ビョルンストランド (牧師・トーマス)
イングリッド・チューリン (女教師・マルタ)
マックス・フォン・シドー (漁師・ヨナス)
グンネリ・リンドブロム (ヨナスの妻・アンナ)

        *        *        *

現実をファンタジーで理解していかなければならない牧師の苦悩・・・

「神の沈黙」三部作の2本目。ちなみに一作目は『鏡の中にある如く』、三作目は『沈黙』。しかし物語的にはまったく関連性はなく、あえてこのくくりを3本の映画にほごこすことはないと思っているのだけど・・・。しかし、そもそもこの「神の沈黙」とはいったいなんなのだろう? 

私なりに解釈すると、神のいうファンタジーが機能しない問題を映画にしている3本ということになる。神の名において説教しようとしても無駄なこと・・、それがこの3本のテーマなのだと思う。
ベルイマン自身は、ウプサラの司教の息子として生れたが、父とはまるっきり相容れなかった。ベルイマンの母は出産の際にスペイン風邪にかかっており、ベルイマンは生まれたときすでに瀕死の状態で、このためベルイマンは幼少時は非常に体が弱く、常に病気がちで、依存心が強く、学齢に達しても登校しようとしない子供だったそうです。そんなベルイマンを父のエーリックは、暗いクローゼットの中に閉じ込めたり、笞で打ったりと、非常に厳しい体罰でしつけたそうです。結局ベルイマンは19歳の時に家出、その後4年間、両親と会うことはなく、父との確執は大人になってからも消えることはなく、悪性腫瘍で倒れた父を見舞うこともなかったといいます。この父への反発と、父の職業だった牧師とい仕事(宗教)への不信感が、その後のベルイマンの映画をとる基本原理になっているしょう。
私にいわせるなら、ベルイマンの映画は父に対する復讐だったのでしょう。ベルイマンの映画にはこの父の亡霊がいつくもでてきます。それはあるときは母になり、あるときは姉になり、あるときは神父になり高圧的な態度をとってきます。しかしこの映画では、いつもの高圧的な父の亡霊は影をひそめ、逆に父の哀れさを強調しているといえるでしょう。
本作のなかでは、中国の原爆実験のあと、書くの潜在的な恐怖に悩む男が牧師に相談するのだけど、そんな問題牧師に解決できるわけがありません。もちろん解決することなんか誰にも出来ないのだけど、牧師というのは、ファンタジーで人の心を癒すのが仕事です。しかしその仕事すら出来ない哀れな牧師さん・・、そんな主人公を描いたのがこの映画なのです。

1963年度国際カトリック映画局グランプリ受賞、同年ウィーン宗教映画週間最優秀外国映画賞を受賞。

ちなみに、原爆の潜在的恐怖映画としては、黒澤明の『生きものも記録』タルコフスキーの『サクリファイス』などがあるが、正直なところどれも面白いとはいえない。ただ、他の2作が巨匠の映画なれど全然つまらないのに対して、この『冬の光』はまだ脳内刺激的に面白い。
世間には宗教を必要とする人がいて、それはアニオタがアニメを必要としているよなもで、ゆえにそれを配給する側もくだらないと分っていてもやめさせてもらえない現実がある。人のころは笑えないな・・・。

<あらすじ>
冬のスウェーデン、小さな町の日曜日の朝。無事ミサを終えた牧師トマス(グンナール・ビョルンストランド)は、漁師の妻のカリン(グンネリ・リンドブロム)から話を聞いて欲しいと言われる。彼女の夫・ヨナス(マックス・フォン・シドー)が中国も原子爆弾を持つというニュースを新聞で読んで以来、核戦争の恐怖でふさぎこんでいるというのだ。しかしトマスは最愛の妻に先立たれてから失意のどん底にあり、彼らの悩みを真剣に聞いて上げられる状態ではなかった。
そんなトマスのことをあれこれと気遣ってくれているのが、地元の小学校の女教師マルタ (イングリット・チューリン)だった。しかし彼女の愛は押し付けがましく、息苦しい思いさえしていた。
再び訪ねて来たヨナスと向きあったが、常識以上のことは何もいえず、ヨナスには何の力にもならなかった。ヨナスはそれから間もなく、河辺でピストル自殺で命を絶った。一方マルタも、彼の煮えきらない態度に決断を迫り、ヒステリックな言葉のやりとりかわすことになる。
それから数時間後、礼拝堂にたつトマス。しかしそこには町の人はだれもきいない。それでも型通りの式を進めていく牧師トマス。たった一人の聴聞者は別れたばかりのマルタだった。

ファンタジーで世界を解釈することにした彼、どこまでそれを貫くしかない。たとえむなしくてもそうするしかないのが彼の人生なのだろう・・・。三つ子のたましい・・というが、ベルイマンの父への憎しみと復讐心を感じる映画だった。
・・・しかし、なんでこんな宗教に懐疑的な映画に、宗教関係の団体は映画賞をあげたのだろう? ・・・わからん。

by ssm2438 | 2010-04-25 10:57 | I ・ベルイマン(1918)


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