西澤 晋 の 映画日記

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2010年 05月 12日

白い巨塔(1966) ☆☆☆☆

f0009381_11221461.jpg監督:山本薩夫
原作:山崎豊子
脚本:橋本忍
撮影:宗川信夫
音楽:池野成

出演:
田宮二郎 (財前五郎)
東野英治郎 (東教授)
小沢栄太郎 (鵜飼教授)
田村高廣 (里見助教授)
船越英二 (菊川教授)
石山健二郎 (財前又一)
長谷川待子 (杏子)
小川真由美 (ケイ子)

        *        *        *

なんぼやー、なんぼいるんやああああ!?
この露骨な表現は単刀直入でいいなあ(笑)。


ドラマの基本構造というのは、観客を主人公に感情移入させ、主人公に勝利させ、同時に観客にもその感動をシェアしてもらう・・というもの。この感情移入というプロセスがないければ物語はおもしろくはないものだけど、この『白い巨塔』に関して言えば、感情移入できるキャラクターが不思議といないのである。なのにみていて面白い。どろっとしているが、からっとしていて、ストーリー展開とキャラクターの業だけでみせてしまう。これはひとえに山崎豊子の原作と橋本忍のシナリオの語り口の上手さが原因なのだろう。

しかし、これだけ業の強いキャラクターであるにもかかわらず、これだけ感情移入できないというのは不思議な話だ。私が男で、原作者が女性だからだろうか? 主人公の財前五郎にしても、野心家であり、外科医として最高の技術をもっているにもかかわらず、権力思考であり、そのためにはへつらうところにはとことんへつらう。そしてチキンハートな部分も十二分に持ち合わせている。このチキンハート名部分がなんとか観客と主人公とつなぎとめておく唯一の絆なのだろう。しかし、生産性を感じさせてくれないのだ。外科医として難しい手術を成功させることに燃えるとか、知識とか技術力とかの向上をつねに目指しているいう性格が描かれていれば納得いくのだが、それがない。すでに立場も技術力もある(もう進化しない)野心家で、なおかつこびるところにはこびるというのが、女性がつくったキャラクターだなあと思ってしまう。
これは財前五郎に限らない。ほかのキャラクターも、女性脳が作った男性キャラクターだなあってつくづく思う。善人一筋の里見先生にしても、ひたすら財前五郎を主任教授にしたくない東教授も、常にぶれない鵜飼教授も、どこかしら「男」とはなにかが違うエッセンスがある記号的キャラだ。
多分この映画はきわめて完成度の高い究極の少女漫画なのだろう。

<あらすじ>
浪速大学医学部では、主任教授の東教授(東野英治郎)の定年退官後の後任をめぐって、さまざまな勢力争いが行われていた。東教授の教え子財前五郎(田宮二郎)は最有力候補と目されていた。貧しい家庭に生まれた五郎は人一倍名誉欲が強く、苦学して医学部を卒業した後、裕福な開業医財前又一(石山健二郎)の婿養子となり、その財力を利用して、助教授の地位を手にしたのである。しかし、東は五郎の傲慢不遜な人柄を嫌って、五郎だけにはその席を譲りたくないと考え、東の出身校東都大学系列である金沢大学医学部の菊川教授を、後任教授に推薦した。
そんなある日、五郎は、同期生である里見助教授(田村高廣)の依頼で胃癌患者を手術した。手術は成功したが、術後の患者の様態はかんばしくなかった。教授選にむけて票数工作に気をとられて五郎は彼にかまってやれないまま、彼を死なせてしまう。教授選の日、様々な思惑をもって投票が行なわれたが、結局、五郎と菊川が日を改めて決選投票を行うことになり、財前又一の金力を背景にもつ五郎があらゆる手段を用いて教授の地位を手にした。
ところが、先に志望した患者の遺族が、五郎に対して誤診の訴訟を起した。これはマスコミの注目するところとなった。里見助教授は、純粋に医学上の立場から五郎の医者としてのモラルの欠如を語った。手術にミスかがあったか否かを判断するために鵜飼教授(小沢栄太郎)による死亡患者の解剖も行われた。鵜飼教授は、先の教授選で五郎からの買収工作を断った一人だった。彼も五郎の権力志向の姿勢をひどく嫌っていた。しかし、鵜飼は賄賂を渡そうとしたが断られた正義観の強い教授だった。五郎の権力志向の姿勢をきらっていた鵜飼だったが、私情を挟まない彼は「その手術は完璧であった」と証言する。里美は大学を負われることになり、財前五郎は白い巨塔の中を自信たっぷりに回診していく。

by ssm2438 | 2010-05-12 11:11


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