西澤 晋 の 映画日記

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2010年 06月 15日

次郎物語(1987) ☆☆☆☆

f0009381_0433863.jpg監督:森川時久
原作:下村湖人
脚本:井手雅人
撮影:山崎善弘
音楽:さだまさし/渡辺俊幸

出演:
加藤剛 (次郎の父)
高橋恵子 (次郎の母)
泉ピン子 (次郎の育ての親・お浜)
伊勢将人 (次郎)

       *        *        *

さだまさしの「男は大きな河になれ」が泣ける。すっごく力を与えてくれた歌だった。

この映画が放映された年に私は東京から故郷の岡山県久米郡中央町(今の美咲町)まで歩いてかえったことがある。しかし最初の1週間は悲惨だった。さすがに歩きなれてないのに突然そんなことをはじめたものだがかかとは悲鳴をあげるが、足の裏は水ぶくれで血まみれ。ついに小田原で医者にかかった。そこで予定外に2日も休み、そこからなんとか歯を食いしばって熱海まで歩いたがもうそこでも2日休んだ。その熱海での二日目の午後、なんぞ時間でもつぶすことはないかと映画館にはいった。そこでみたのがこの『次郎物語』。泣けたね。映画も良かったが、さだまさしのモルダウを編曲した『男は大きな河になれ』の歌詞が実に沁み込んだ。

なぜこの映画があんなに良かったのだろうと考えた。さして特別な、映画的なイベントがあるわけでもない。でも良い。で、一つの答えが出た。それは・・登場人物一人一人が自分に誠実だからなのだ。人生の中には思い通りにいかないことも多い。でも、自分への誠実さをすててまで楽をしたいとは考えない。自分への誠実さを誰もが大事にしている。それがいいんだろうな。
     
<あらすじ>
次郎は、母親のお民(高橋恵子)が病弱だったためにお浜(泉ピン子)の家に預けられて幼少の時代をすごした。そんなお民がほぼ回復し、次郎を実家に引き取ることになったが、次郎の実家本田家は、古くから続いた由緒正しい家柄で、士族の格式を守り子供たちの躾も厳しかった。そんな本田家に合わない次郎はたびたびお浜のうちに逃げ帰っては連れ戻された。自分に懐いてくれない次郎がお浜に懐いているのがいたたまれないお民はお浜に辛らつにあったった。お浜、次郎がほんとの母ではなく自分に懐いていることに罪悪感をかんじていた。
10歳になった次郎(伊勢将人)は、ようやく本田家の毎日に馴染むようになったが、その頃から、悪いことが続くようになった。次郎を可愛がってくれた祖父、恭亮が死に、その看病疲れからお民も発病、そして本田家の破産。一家は町に移り慣れない商売を始めたが、次郎は正木一家でお民の看病をすることになった。同じ頃、お浜の一家も夜逃げ同然に故郷を離れ、消息が知れなくなっていた。お民の病は重かったが、一所懸命看病する次郎にお民もうちとけ、二人の間にはようやく母と子の愛情が通じ合うのだった。夏になり、浮立の踊りに参加する次郎の衣裳を縫いあげ送り出しすお民。そんなお民の様態の悪化をききつけたお浜がお民のもとに駈けつけたてきた。お浜にこれまでの非礼を詫びるお民。「男の子は、ただ愛してやればいいんやね」って言う言葉が泣ける。浮立連の中で踊っていた次郎だが、そのころお民の息をひきとった。


そして流れるエンディング。

男は大きな河になれ ~モルダウより~
作詞:さだまさし/作曲:スメタナ・補作曲:さだまさし

せつないことがあったなら 大きく叫んで雲を呼べ
それでも雲でおおえぬほどの 男は大きな宇宙(そら)になれ
嬉しい時は腹から笑え 笑えば嬉しい花が咲く
心の花でうすめてみせろ 女は優しい風になれ

苦しい時ほど意地をはれ 目をそらさずに雨を見ろ
泣かずに雨を集めてそして 男は大きな河になれ
寂しいのは一人だけじゃない 歩けば転ぶ怪我もする
そこで捨てたら負けになる 男は大きな夢になれ

喜びは人と分かち合え 悲しみは人に預けるな
許せる限り受け止めてやれ 女は大きな海になれ
寂しいのは一人だけじゃない 歩けば転ぶ怪我もする
泣かずに雨を集めてそして 男は大きな河になれ 男は大きな河になれ


この歌詞が、そのあと歩いている間どれだけ勇気をあたえてくれたことか・・。
ふと気付くとこの歌詞をくちづさんでいた。

苦しい時ほど意地をはれ 目をそらさずに雨を見ろ
泣かずに雨を集めてそして 男は大きな河になれ ・・・である。
だあああああああ、今思い出しても涙が出てくる。

by ssm2438 | 2010-06-15 00:45


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