西澤 晋 の 映画日記

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2010年 06月 21日

エスパイ(1974) ☆☆

f0009381_20491571.jpg監督:福田純
原作:小松左京
脚本:小川英
撮影:上田正治
音楽:平尾昌晃/京建輔
特技監督:中野昭慶

出演:
藤岡弘 (田村良夫)
由美かおる (マリア原田)
草刈正雄 (三木次郎)
加山雄三 (法条)

       *        *        *

サービスカットは由美かおるのオッパイ・・・。

『ゴジラの息子』『南海の大決闘』福田純が監督なので、これもごたぶんにもれず凡人的な作品になってしまったが、物語としてはわくわくさせてくれる話だ。しかし、福田純ってホントにに見せるべきツボが判ってなくって、それまでやってきたような画面の中からしか映像が構築できない。自分のなかで「これは本来こうするべき」という方向性がある人は、それを実現するために「今の技術ではこういうのが記号的に使われているけど、もっとなにかリアルな表現があるのではないだろうか」・・って新しいなにかを構築していくものだけど、福田純にはそれがない。まるで今の下手なアニメの演出家のような監督さんである。

しかし、この映画のコンセプトはそれなりに面白くて超能力者の限界を低く設定してあるところが良い。エスパイというのは、人並はずれた超能力を持った人間“エスパー”たちで、彼らによって構成されている秘密組織が存在し、どの国家にも属さず、利益を追わず、権力をも求めず、破壊者の手から世界平和を守ることを目的として活動している・・というもの。早い話が国連のエスパー部隊というようなものだ。
しかし、映画のなかでの戦闘は銃撃戦だったりすし、最後の秘められた大技はテレポーテイションって言うのもけっこう小じんまりとして実に良い。しかし現実問題、やっぱりテレポーテイションが使える人間がいたらそれは超能力モノでもやっぱり漫画になってしまう。個人的には『炎の少女チャーリー』デヴィッド・キースが能力をつかうとのき鼻血がでるくらいの程度の演出がいいのではないかとおもうのだけど。
原作は小松左京。実は小松左京って個人的にはとっても認めているSF作家だ。もっとおとなの感覚で映画がつくれる人がとったらとっても面白いものになっていたのにって思う。残念。

<あらすじ>
エスパイの日本支部長・法条(加山雄三)は、部下の田村(藤岡弘)とマリア(由美かおる)を使って、超能力を秘めているとおもわれるテスト・ドライバーの三木(草刈正雄)をスカウトする。まだ自分の能力に半信半疑の三木だが、メンバーの一員として任務に就く。
一方田村とマリアは、何者かがバルトニア首相暗殺を計画している知らされイスタンブールに飛ぶ。しかし、情報をもってきたボールという男は殺され、マリアも捉えられてしまう。催眠状態にされたマリアの服が破かれ乳房がこぼれ、黒人男の慰み者にされそうになったそのとき、田村能力を使いなんとか助けるが、彼自身能力を使い果たし、逆エスパイの首領ウルロフ(若山富三郎)によって地中海に放り込まれた。溺死寸前のソ連の潜水艦にすくわれる田村。
超能力に懐疑的になっている三木は、ウルロフの手下ジュリェッタの催眠術に陥り、殺されそうになる。田村は三木を救うが反対に激しい銃弾にさらされ、時限爆弾が仕掛けられた車の中に閉じ込められた。一方、首相歓迎のレセプションの会場では、ウルロフの起こした大地震などの幻覚のため大混乱になった。その時、エスパイの間では伝説とされていたテレポーテイション (遠隔移動)で田村がその場に出現した。エスパイたちはウルロフの本拠を攻撃、ウルロフを遂に倒した。

by ssm2438 | 2010-06-21 20:51


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