西澤 晋 の 映画日記

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2010年 06月 24日

野ゆき山ゆき海べゆき(1986) ☆☆☆

f0009381_1312111.jpg監督:大林宣彦
原作:佐藤春夫
脚本:山田信夫
撮影:阪本善尚
音楽:大林宣彦

出演:
鷲尾いさ子 (お昌ちゃん)
林泰文 (須藤総太郎)
片桐順一郎 (大杉栄)

       *        *        *

鉄骨娘の乳房が世に出た唯一の作品!そういう意味では超貴重。

最初この映画をみたときは「ええっ、鷲尾いさ子って脱いでたんだ!!!??」ってちょっと感動。それまではおもわせ振りのセミヌードはあってもきちんと乳房が見られるような写真はなかったのだが、この映画ではきっちり披露してくれている。

映画の全体的印象はとてもいい。いいシーンを一杯ある。しかしダサい演出も一杯あってそのたびに一気に興ざめさせられる。この混在ぶりはどう解釈していいモノかと悩ましい。しかし鷲尾いさ子演じるお昌ちゃんはおそろしくまぶしい。彼女がでてくるシーンだけのパーソナル編集版をつくっておきたい気分だ。
映画はカラー版と白黒版があるのだが、カラー版だとダサい演出のときにダメージがおおきいので、あるていど白飛ばしがきいている白黒版のほうがトータル印象としてはいいかな。

鷲尾いさ子演じるお昌ちゃんを想っている男はかずかずいる。そのひとりは片桐順一郎。しかし彼は同じ父をもつ弟(母はちがう)。どんなに結婚したいとおもっていても叶わぬ夢。もうひとりの少年須藤総太郎は、学年的にもなるかに子供で「総太郎は好きよ。でも、いつまでたっても私より大きくなってくれないでしょ」と決定的な言葉を受ける。あと10年もすれば違ったことになってるかもしれないが、さすがに少年時代なのでそれはなかなか越えられない壁である。
この二人が正直に「お昌ちゃんが好きだ」という意思表示の元、お昌ちゃんを奪い合うわんぱく戦争はじつにみていてうらやましいかぎりだ。男がほんとに大事なものをもとめて戦うというのは、それを失った時に恐ろしさで本来出来ないものだが、この二人はそれを子供時代に実行できているのである。・・・ただ、これはあくまで、本来子供たちが持つ感受性の繊細さを作り手が封印しているからこそ出来る話であり、無条件にすばらしいともいえないのだが・・・。

<あらすじ>
尾道の第一尋常小学校に第二尋常小学校から大杉栄(片桐順一郎)が転校してきた。須藤総太郎(林泰文)はその姉、お昌ちゃん(鷲尾いさ子)に恋心を抱く。しかし彼女には筏乗りの早見勇太(尾美としのり)という恋人がいた。
やがて大杉栄とクラスのガキ大将と覇権を争うようになり、それはエスカレートして遂には第一小学校側と、第二小学校側の大喧嘩となる。お昌ちゃんから相談された総太郎は、一定のルールに従い武器を使用禁止の戦争ごっこを提案した。夏休みに入り、戦争ごっこが始まった(この戦争ごっこはなかなか楽しい)。
最後は、栄と総太郎は一対一の勝負で、タライ舟から先に川に落ちた方が負けという決闘をした。お昌ちゃんが審判だったが、勇太の姿を見て役目を放棄してしまう(ああ、女は残酷ないきものだ)。
ある日、総太郎と栄は栄の母、里が夫の繁太郎の借金のためにお昌ちゃんを四国の遊郭に身売りしようとしていることを知った。また勇太にも赤紙が来る。彼はお昌ちゃんと駆け落ちすることを決心するのだが、仲間の戦死を知り、その遺骨を抱く老婆の姿を見て軍隊にはいる決意をする。しかし、お昌ちゃんが売られるのを知った勇太は脱走し、お昌ちゃんを連れ戻す。しかし(尾美としのり)やはり彼女に恋心をいだく青木中尉(佐藤浩市)が燈台から勇太を狙撃。お昌ちゃんは小舟に火をつけ、二人は小舟と共に水没していくのだった。

by ssm2438 | 2010-06-24 13:17


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