西澤 晋 の 映画日記

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2010年 06月 28日

ウディ・アレンの 影と霧(1992) ☆☆

f0009381_042246.jpg監督:ウディ・アレン
脚本:ウディ・アレン
撮影:カルロ・ディ・パルマ

出演:
ウディ・アレン (マックス・クラインマン)
ミア・ファロー (アーミー)
ジョン・マルコヴィッチ (道化師)
マドンナ (マリー)
ジョン・キューザック (ジャック)
ジョディ・フォスター (娼婦)
キャシー・ベイツ (娼婦)

       *        *        *

役者人はかなり豪華だが・・・個人的にはイマイチだったかなあ。

霧の街+光と影+切り裂きジャックとくれば、これは『第三の男』的な画面が展開されるのかなって期待したのだが・・、どっちかいというフリッツ・ラング的な雰囲気だった。てっきり舞台はロンドンだと思い込んでいたが、「中央ヨーロッパのどこかの街」って設定だったのですね。
日本ではけっこう評価されていたこの映画だが、どうしてかなあ・・・、個人的には90年代になると(というか既に80年代からだけど)ウディ・アレンの映画が輝くなって来ている。70年代のウディ・アレンの映画はとても引かれるものがあったののに・・。

願わくばこの映画は、ゴードン・ウィリスにとってほしかった。そしたらきっとかなり良い画面になってたんじゃないだろうか。この映画の撮影監督さんはカルロ・ディ・パルマ。ウディ・アレンとは『ハンナとその姉妹』(1986)からの付き合いみたいだが、ゴードン・ウィリスのようなガツンが黒の絞りに魅了されていた私にとってはちょっとぼやんとした感じ。この映画もせっかく霧をつかって空間の光と影を表現できるお膳立てはととのっていたのに、どうも光と影のコントラストが弱いんだ。まあ、私の場合は視覚がゴードン・ウィリス基準になっているのでしかたないが・・・、残念。

<あらすじ>
1920年代、中央ヨーロッパのある街にサーカス団がやってくる。曲芸師のアーミー(ミア・ファロー)は、恋人のピエロ(ジョン・マルコヴィッチ)とケンカ別れしてサーカス団を飛び出した。アーミーが転げ込んだのは娼館で、そこに大学生のジャック(ジョン・キューザック)が現れ、700ドルでアーミーを抱きたいと迫る。渋々承知したアーミーだが、売春容疑で警察に逮捕されてしまう。
その街では霧の深い夜になると連続殺人が発生し、人々は恐怖に脅えていた。平凡な事務員のクラインマン(ウディ・アレン)もしぶしぶ自警団に参加させられる。
アーミーの保釈後、クライマンとアーミーは霧の街を徘徊する。学生から得た金を教会に献金し、残りを通りがかりの赤ん坊連れの女に与えるアーミー。しかしここで不条理がクラインマンを襲う。どういう因果か、クライマンに連続殺人の容疑がかけられてしまう。逃げるクライマン。
クラインマンとはぐれたアーミーは、元恋人のピエロと会い、さらに前出の女が殺されているのを見つけ、のこされた子供を二人で育てることにする。たぶんこれでこの二人はとりあえずめでたしめでたし(?)。
一方クラインマンはサーカス小屋の近くで絞殺魔に襲われ、ちょうどいた魔術師と協力して、魔術を使って殺人鬼を捕まえる(苦笑)。クラインマンは魔術師から助手になるよう誘いを受け、彼は第二の人生を歩むことになる。魔術師は言う、「人間には幻想が必要なんだ。空気と同じようにね」。

「人間には幻想が必要なんだ。空気と同じようにね」・・・これはきわめて理解できるのだけど、なんだかもういいやって感じ。おまけに私は「不条理モノ」というのが根本的に嫌いみたいだ。おかげで全然乗れなかった。いや、それ以外にもいろいろあると思うけど。
このころまでは70年代のウディ・アレンを慕ってなんとか彼の映画をフォローしていたのだが、この映画でウディ・アレンのフォローをやめてしまった。それから10数年はウディ・アレンの新作を見ることはなく、ここ最近になってまたときどきウディ・アレンを見直しているのであった。

by ssm2438 | 2010-06-28 00:46 | ウディ・アレン(1935)


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