西澤 晋 の 映画日記

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2010年 07月 04日

火の鳥 鳳凰編(1986) ☆☆☆☆☆

f0009381_12175333.jpg監督:りんたろう
原作:手塚治虫
脚本:高屋敷英夫/金春智子
作画監督:さかいあきお
美術監督:椋尾篁
撮影監督:石川欽一

声の出演:
堀勝之祐 (我王)
麻上洋子 (テントウムシの化身・速魚)
古川登志夫 (茜丸)
小山茉美 (ブチ)
池田昌子 (火の鳥)

       *        *        *

我王のふくらはぎはすごい!! あれだけで生命力を感じさせてしまう。

『時の旅人』と同時上映だったこの映画、60分の短編なので他の『火の鳥』とくらべて当初は注目度も低かったのだが、みてみるとびっくり、その短い時間のなかで恐ろしく完成度の高い映画になっていた。原作とは多少異なった点もあるが、原作の精神がもっとも映画になったのがこの『火の鳥・鳳凰編』ではないだろうか。シリーズの中ではもっとも好きな映画である。

監督は『銀河鉄道999』りんたろう。この人、ときどきすごいのを作る。今何してるのでしょう? りんたろうの監督したなかで一番すごいと思ったのは東映のアニメ『アローエンブレム・グランプリの鷹』の1話。レースシーンでは望遠の画面を多用しており、当時としてはかなり画期的。今の時代と比較するならと驚異的である(現在のアニメーターは、映画をみずに育った次代の人たちが多くて、アホな広角もどきの画面はかけても、高度のレンズワークの知識と空間把握能力を必要とする望遠の画面は描けない。今、あの画面を描けといっても、きっと描ける人はほとんどいないだろう)。
ただ、この映画に関してはもっとアニメチックな絵づくリになっているのだが・・。

ドラマとしてもスゴイ。一歩も二歩もひいいた視点からみた手塚ワールド全開の作品。主人公の茜丸は世間ではみとめられた彫刻師なのだが、その才能は凡人。ゆえに感情移入とてもし易いキャラ。努力してその才のを開花させていった茜丸だが、その前に現れた片腕の彫刻師我王。この我王の存在感がすごい。茜丸が努力した人間が到達できる天才なのだが、この我王の前ではまる姑息な生き物に見える。我王の宇宙力がすごいのである。強欲や悲しみ、哀れみ、苦しみなどを生命のもつすべて吸収して出来上がったような彫刻師・・。それを感じさせるだけでもこの映画はすごい。
キャラクター的には淡白におもえたこの映画だが、内容の昇華度から言えば火の鳥のなかでは図抜けている。

なお、美術監督は椋尾篁。この人の色はいい。

ただ、エンディングの渡辺典子の歌はちといただけなかった。もうすこし作品の質に沿うものにしてほしかったなあ。そこは売れればいい、宣伝になるならなんでもいいの角川商売のえげつない部分でもある。

<あらすじ>
生まれて間もなく片目片腕を失った我王は、生きるために盗賊になった。ある日、美しい娘・速魚を強引犯し妻にした。鼻が異様に腫れ上がる奇病にとりつかれた我王を看病する速魚。だが、部下の言葉で誤解した我王は速魚を斬り殺してしまう。速魚はてんとう虫に姿を変え、我王は彼女がかつて自分が助けた虫の化身だったと気づくのだった。

鳳凰のイメージを探し求めて全国を旅する大和の彫物師・茜丸は、我王と出会い大切な右腕を傷つけられてしまう。腕が不自由な茜丸は絶望のふちをさまよったが、どこの風来坊かもわからないブチという少女と出会い、必死の修行の末、彫物師としての腕を取り戻した。

そんな時、茜丸に大仏建立の命が下り、都の役人がやって来る。茜丸を連れていかせまいと抵抗したブチは、役人に殺されてしまう。やがて大仏殿は完成し、茜丸は天皇に献上するための鳳凰の彫物を乞食僧と競い合って作ることになった。その乞食僧こそ、以前茜丸の右腕に重傷をおわせた我王だった。
負けるわけにはいかない茜丸。死んだブチの霊が茜丸をサポートする。懇親の思い出彫り上げた鳳凰の像。しかし我王の作った鳳凰像はそれをはるかに凌ぐ圧倒的な何かをもっていた。茜丸の乾杯である。

しかし茜丸は、かつての我王が自分の利き腕に斬りつけ、再起不能な状態にまで追い込んだことを引き合いにだした。そんな悪党のものを天皇に献上するわけにはいかないと、我王の鳳凰は却下される。さらに「我王に同じ苦しみを・・」を申し出る茜丸の意を汲み、我王はその罰として右腕も斬り落とされる。
両手を失しなった我王が都を追放されたその日、火事が起こり、茜丸の作った鳳凰像を保管していた蔵が燃えてしまう。駆けつけた茜丸はなんとかその像を取り戻そうと火のまわった蔵のなかに飛び込むが、倒れて動けなくなる。そんな彼のまえに現れた火の鳥。遠い昔から求め続けた火の鳥が目の前に現れて涙する茜丸だが、火の鳥は、彼がもうじき死んで魚に生まれ変わること、それが宿命だと告げるのだった。

両手を失った我王が都を後にするカットがあるが、あのローアングルのふくらはぎを見ると、「きっとこの男は、両手がなければ足で、足もなくなれば口にノミを咥えて彫刻を彫るだろう」と予想させてくれる。圧倒的な生命力の提示である。
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by ssm2438 | 2010-07-04 12:18


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