西澤 晋 の 映画日記

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2010年 07月 13日

野良犬(1949) ☆☆☆

f0009381_045444.jpg監督:黒澤明
脚本:黒澤明/菊島隆三
撮影:中井朝一
音楽:早坂文雄

出演:
三船敏郎 (村上刑事)
志村喬 (佐藤刑事)
淡路恵子 (並木ハルミ)

       *        *        *

いいんだけど、嫌い。上手いんだけど、下手。実に黒澤節である。

感情移入したいのに、大げさな作為性がそれを邪魔する映画。いろんな意味でバランスが悪いんだと思うな。アンドリュー・ワイエスタッチで描いたらいい絵になりそうなものを、ゴッホで描いちゃったような映画。良くも悪くもそれが黒澤映画・・・。

こういう演出しなくてもいいのに、そうしてるのが実に鼻につく。こういう演出するんなら他の作品でもいんじゃない? っていうシーンがやたらある。その違和感と、作為性が妙に鼻につく。反対演出効果をやたらと乱用するのがどうも嫌だ。
反対演出効果というのは、たとえばギャグシーンに悲しい音楽を流すと実にしんみりするとか、静かに聴きたい時にやたらと騒音をかぶせるとか、対決シーンで牧歌的な音を流すとか・・。つぼでやればいいのに全部でやるから、うざくなってくる。

ただこのお話、もうちょっと無機質にとったら良い映画になっていたのになあって思う。
なんというか、シーンの演出力はあるのだけど、その妥当性というのがないというか、場違いに乱用しているというか・・、うむむむむむ。やっぱり基本的に黒澤明って映画作りは下手なのだと思う。下手な人が一生懸命下手なりにアピーリングのする演出をこれでもかこれでもかと積み重ねていくから、その素人のいこじさが無骨に見えてしまうのだろうと思う。

でも、この話はいいなあ。ラストの病室のシーンは要らないけど。音楽もうざい。そう、全体的に音楽もけっこううざいんだよねこの映画。
あと遊佐がとまったホテルに書いた偽名が「並木晴夫」ってのが男の切ない憧れをものがたっていたなあ。
この映画、犯人サイドから撮らないからいいんだけど、捜査の過程でもう少し並木ハルミと遊佐の接点をかあぶりだして間接的の妄想させるような作りだったら良かったのに・・・。

<あらすじ>
むせ返るような夏のある日、射撃練習を終えた村上刑事(三船敏郎)は再び弾を装てんして上着のポケットに入れて帰路に着く。しかしその拳銃がバスのなかで何者かにすられてしまう。それからというものは村上刑事はボロボロ服に変相して毎日探し歩いた。その結果、場末の盛り場の貸ピストル屋にたどりつく。
村上刑事はベテランの佐藤(志村喬)と一緒に捜査する。手際よく事件の情報をみきわめていく佐藤は、本多という男に目星をつけ、後楽園の球場にいる彼を逮捕する。しかし村上の拳銃は遊佐新二郎という男に渡っていた。
村上と佐藤両刑事は次々と捜査網を縮めて行った。そして遊佐の憧れの女性ダンサーで幼馴染の並木ハルミ(淡路恵子)をつきとめる。その間にも、村上の拳銃を使った殺人強盗事件が起きる。嵐の夜、佐藤刑事は、村上刑事を並木ハルミの元にのこし、単身遊佐の足取りを追うが、遊佐に撃たれて重傷を追う。自責の念にかられる村上。なんとか佐藤刑事が一命を取り留めた朝、憔悴しきった村上刑事にハルミが遊佐の居場所を教える。
そして最後は、はあはあぜいぜいのあえぎながらも取っ組み合い(『酔いどれ天使』でもやってたような・・)。

by ssm2438 | 2010-07-13 00:06 | 黒澤 明(1910)


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