西澤 晋 の 映画日記

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2010年 07月 08日

クレオパトラ(1963) ☆☆

f0009381_22242127.jpg監督:ジョセフ・L・マンキウィッツ
脚本:ジョセフ・L・マンキウィッツ
    シドニー・バックマン
    ロナルド・マクドゥガル
撮影:レオン・シャムロイ
音楽:アレックス・ノース

出演:
エリザベス・テイラー (クレオパトラ)
レックス・ハリソン (シーザー)
リチャード・バートン (アントニー)
ケネス・ヘイグ (ブルータス)

       *        *        *

うむむむむ、長い。かなり退屈。でも、これはこれで良かったのでは・・

この無駄なゴージャスさがクレオパトラなんだろうなあ・・という印象がある。
この映画をみたのは大昔の話でまだ荻昌弘月曜ロードショーがあったころの話。それの全編後編と2週にわたって放映されたのを見た。その後1~2度見る機会があったが、個人的には歴史絵巻物はどれもつまらないと思ってしまう。
とにかく主人公がどれもかっこよくない。クレオパトラにしても、シーザーにしてもアントニーにしても、どこかしら小者性があり、生き方として美しくない。それがこの映画の魅力のなさの根本的な問題点なのだろう。
予算は恐ろしいほどあけたが、それはスペクタクルではなく、そのたのゴージャスさにかけてるのであって、これだとお金をかけたコスチュームプレイの昼メロでしかない。これだとつまらないといわれても仕方がないだろう。

しかし、クレオパトラという名前を聞くだけで、なんだか男はトキメイてしまう。自分を支配させることで男を支配する魔性の女。たぶんそのイメージのありかを探ると、虫プロヘラルド映画提携で作られたアニメの『クレオパトラ』のイメージが強い。男をダメにする女の魔性といいましょうか・・、あのアニメのクレオパトラの印象がつよくて、そのイメージを勝手にエリザベス・テイラーに投影しているような気がする。

監督は『三人の妻への手紙』『イブの総て』ジョセフ・L・マンキウィッツ。まじめに撮るシナリオ派監督という印象があるが、これはまじめのお金をかけて取りすぎて、そのたもろもろ無駄づかいもしてしまい、本人にとってもほとんど納得できるものにはならなかったようだ。

<あらすじ>
紀元前48年、新興ローマの覇勢に滅亡寸前のエジプトは幼いプトレマイオス14世を王としてたて、王の姉にあたる18歳のクレオパトラ(エリザベス・テイラー)を王宮から追放してしまった。そんなクレオパトラに逢ったのが、アレキサンドリア(プトレマイオス朝の首都)討伐に向かっていたローマの将軍ジュリアス・シーザー(レックス・ハリソン)。彼女の美しさにまいってしまったシーザーはクレオパトラを伴い、アレキサンドリアに侵入、激しい戦闘を重ねて勝利を収めた。エジプトを支配下においたシーザーは、クレオパトラをエジプトの王にとして即位させた。
ローマに凱旋したシーザーは、共和主義を排除し独裁色を帯びていく。そのシーザーを追ってローマへ渡ったクレオパトラ。しかし、ブルータス(ケネス・ヘイグ)達の暗殺団の手にシーザーは殺されてしまう。クレオパトラはローマを逃れてエジプトに帰った。

3年がたった。財政の窮乏したローマの権力者アントニー(リチャード・バートン)はエジプトに活路を求めクレオパトラを迎えた。2人はたちまち恋に落ち、アントニーがクレオパトラと結婚しエジプトに渡った。やがてエジプトとローマは再び戦火を交えることになるが、アントニーの兵士たちは、母国ローマと戦うことを拒んだ。戦力的に不利なエジプトは敗北しアントニーは死に、クレオパトラは捕虜にされた。この世に対する執着はなかったクレオパトラは「アントニーの側に葬って」と遺書を書き、アスプ(毒蛇)に自らの胸を噛ませるのだった。39歳であった。

今、これとつくるとなるとクレオパトラは誰になるんでしょうねえ。一昔前ならキャロル・ブーケがよかったのだけど、いまだと・・・誰でしょう? モニカ・ベルッチ? キャサリン・ハイグル? 案外ソフィー・マルソー? 

by ssm2438 | 2010-07-08 22:27


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