西澤 晋 の 映画日記

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2010年 08月 13日

アンドリューNDR114(1999) ☆☆☆☆

f0009381_13502721.jpg監督:クリス・コロンバス
原作:アイザック・アシモフ
脚本:ニコラス・カザン
撮影:フィル・メヒュー
音楽:ジェームズ・ホーナー

出演:
ロビン・ウィリアムズ (アンドリュー)
エンベス・デイヴィッツ (アマンダ/ポーシャ)
サム・ニール (リチャード)
オリヴァー・プラット (発明家ルパート)
キルステン・ウォーレン (ガラティア)

       *        *        *

屁がこけること、それが人間の幸せかも・・・

ベタな大河ドラマなんだけど、これが意外といいんだ。『グレムリン』の脚本でデビューしたクリス・コロンバス。その後もスティーブン・スピルバーグが総指揮をつとめる映画の監督などをやっていたが、個人的にはほとんど魅力を感じずにいた。そんなわけで、この映画もしばらくほっておいたのだが、公開から10年くらいたってたまたまテレビでやっているのをみたら、ついつい惹きこまれてしまった。

さすがにロボットの大河ドラマで、原題『バイセンティニアル・マン(200歳男)』があらわすように人間の人生の数倍いきてしまう。未来という設定で人間の寿命がのびたとはいえ、それでも人間の3~4世代分を生きてしまうので、初めに登場した時のロボットをかったリチャード(サム・ニール)も死んでしまうし、その時アンドリューに心開いてくれたアマンダも、死んでしまう。その娘という設定のポーシャを同じエンベス・デイヴィッツが演じていて、彼女が物語のヒロインとなるのだが、途切れそうになる感情移入をなんとかつなぎとめたかたちになっている。物語構成的にはかなり単調なものであることは認めざるを得ないが、それでも、アンドリューの憧れが切れないように工夫をして作られているのが実に好ましい。

しかし、最後はアンドリューが人間として認めてほしいと、人類の評議会の審判をうけるのだが、あれで人間だと認めてしまうのはどうなのかな?って思った。人間の感情というものはもっと複雑なもので、たとえば、好きなのに好きだといえなくって、でも好きだと気づいてほしい・・みたいなものである。好きな人の不幸は、自分がそれで役に立てるいい訳として、けっこう幸せなものであったりもする。そういった複雑な心理がないアンドリューに人権を認めるというのはどうにも「人の軽さ」を感じてしまった。たぶん、もしこれが「人」と呼べるものなら、人間につくられて、そういった複雑な感情も持たないにもかかわらず、人権をもとめててしまう単純さに「やっぱり自分は人間ではないんだ」と判断し、その素直すぎる欲求はロボットの証だとして申請を取り下げるだろう。

この映画は、どこか教育映画的な要素があって、さしあたり非難をうけない映画の作りになっている。そのあたりがかなり物足りなさを感じるのだが、このアンドリューがここまでやって、なおかつなぜか人間だとは認めたくない部分がやっぱり見ている我々の中には存在するはずだ。それこそが人間の人間たるものであり、ロボットのような素直な部分だけではない、人間のもっとも素晴らしいところなのだろう。それを再認識させてくれから好きなんだなあ。
しかし、ここに提示したアンドリューの努力だけでも、単純には感動できると思う。なんだかんだいってもこの映画は嫌いにはなれない。

余談だが、ガタティアはキュートでいい。最後に進化したガラティア(ほとんど人間)をキルステン・ウォーレンが演じているのだが、この人、なかなか素敵だ。最後の看護婦さんとなった彼女はめちゃめちゃ素敵だった。

原作は『ミクロの決死圏』アイザック・アシモフ。1900年代のSFの3人の巨匠といえば、アイザック・アシモフアーサー・C/クラークロバート・A・ハインラインとよく言われたものだが、そのうちにひとりである。

<あらすじ>
近未来。マーティン(サム・ニール)は家事用ロボット、NDR114号(ロビン・ウィリアムス)を購入した。「アンドリュー」と名付けられた彼は、幼いリトル・ミスと友達になり、彼女から人間について学んだ。やがてリトル・ミス(エンベス・デイヴィディッツ)は成長し、結婚していった。アンドリューのほのかな恋心は痛んだ。
娘をおくりだすマーティンとアンドリューが一緒に飲むシーンは実にすてきだ。

いつしか時間がたち、リトルミスも亡くなった。しかしアンドリューはその子供(孫でしたっけ?)ポーシャと知り合う。ポーシャ(エンベス・デイヴィディッツ)はアンドリューがずっとあこがれていたリトルミスそっくりだったのだ。彼女を愛したい、彼女に愛されたいと願うアンドリューは人間になりたい欲求をおさえられなくなっていた。友人となった発明家のルパート(オリヴァー・プラット)からロボットが人間に近づける可能性を知らされると、具体的にそれを現実にしていく。肌を獲得し、味をしる舌を獲得し、生殖器も獲得する。ついにポーシャ(エンベス・デイヴィディッツ=二役)のこころをいとめたアンドリューは彼女と結婚するが、ロボットとの結婚は認められないため、非公式である。どうしても人間と認めてほしいアンドリューはルパートに寿命を与えてくれるように要求する。いつ、どこで命が絶えるかわからない寿命というもの。それを獲得したアンドリューはなんども却下された人間として認めてもらえる申請を再び提出する。
そしてその結論が人類大評議会で出されるその日、その評決をまたずにアンドリューは静に息をひきとっていくのだった。

by ssm2438 | 2010-08-13 13:48


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