西澤 晋 の 映画日記

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2010年 08月 23日

クレイジー・ハート(2009) ☆☆

f0009381_7582334.jpg監督:スコット・クーパー
脚本:スコット・クーパー
撮影:バリー・マーコウィッツ
音楽:T=ボーン・バーネット/スティーヴン・ブルトン

出演:
ジェフ・ブリッジス (バッド・ブレイク)
マギー・ギレンホール (ジーン・クラドック)
ロバート・デュヴァル (バッドの旧友・ウェイン)
コリン・ファレル (人気歌手トミー・スウィート)

       *        *        *

マギー・ギレンホールの<居心地のいい女>オーラが絶品。

『セクレタリー』以来マギー・ギレンホールのファンなのですが、この映画でも彼女の持つまろやかさが存分に発揮されてます。
この映画の彼女の演じる役どころは、主人公の落ちぶれてカントリー歌手バッド・ブレイクに忌んだビューする地方紙の記者。離婚経験があり、一人で子供をやしなっているお母さん。バッドとの接点は、彼がサンタフェに地方巡業に来たときにインタビューさせてもらった時。それまではさんざんぐーたらなジェフ・ブリッジズをみせられていてけっこう退屈だった映画が一気に楽しくなる。彼女をみたくてしょうがなくなる。彼女のもつ居心地のいい雰囲気が画面から噴出してくる。あんな女が現れたらそらあ誰だって癒されたいと思ってしまうだろう。

しかし不思議なもので、圧倒的な居心地の良さのなかでも、「ここに長くとどまっていはいけない」と思う、ブレーキシグナルが男の脳内のどこかから出てくるようになっているらしい。これは好きな女にフェラチオをしてもらっている時の感覚に似ている。男はその時間が永遠に続けばいいと思う。しかし、それがしばらく続いていると次第に罪悪感に囚われてくる。「自分だけが気持ちよくなっていいのか」「男には男の仕事があるだろう」っと、脳内から人間の本能に基づいた、しかも説明できそうもない本能の叫びだ。そして男は遺伝子を残す作業へ取り掛かることになる。

この映画もその流れで構成されている。落ちぶれたカントリー歌手が、居心地のいい女に出会う。彼はそこに長く留まりたいと思ったに違いない。それはこの物語をつくった監督スコット・クーパーの想いも同じなのだろう。しかし、スコット・クーパーは彼をそのまま居心地の良さの中に留まらせることに罪悪感を覚える。そして彼を強制的に追いたて、彼がもつ文化的な遺伝子を蒔く作業へ従事させていく・・・。

映画の方向性としてはきわめて理性のきいた作りである。なので地味でありきたりといわれても仕方がないだろう。もし、この映画で、<居心地の良さに対する罪悪感>を突き抜けることが出来たら、そしたパトリス・スコントの『髪結いの亭主』みたいなガツンなインパクトをもった映画になっていたのかもしれない。ただ、この映画がそうなるべき映画だとは思わないが・・。

・・・しかし、ドラマの作り手たる者は、<罪悪感を突き抜ける>才能を有してないといかんのだろうな。でないと、お行儀のいいだけの映画になってしまう・・・。

<あらすじ>
落ちぶれたカントリー歌手のバッド・ブレイク(ジェフ・ブリッジズ)は、巡業の一環としてサンタフェを訪れる。そこのバンドのピアニストから、地方紙の記者をやっている姪のインタビューをうけてくれないかと申し出があった。彼女はジーン・クラドック(マギー・ギレンホール)といい、離婚経験があり、女手一つで4歳の子供を養っていた。彼女の居心地の良さが、いこじになっていたバッドの心を癒していく。
そんなおり、いまや人気カントリー歌手となったトミー・スウィート(コリン・ファレル)のコンサートの前座をやらないかという話が来る。彼は、バッドの教え子にあたる存在だったので、彼の前座をやることにはプライドが傷つけられる。トミーはとてもいい人で、バッドのプライドを傷つけずに、なんとか彼に仕事をまわそうとしている大人の配慮を感じるバッド。「若い者に保護されている自分」・・それは受け入れるしかない現実だった。
悔しさを忘れるためにいつも飲んでいる酒。その酒のおかげで失態を犯したバッドからジーンは離れて行く。彼女を失って初めてアルコールを断つ決意をするバッド。施設に入りアルコール依存症を克服して再びジーンを訪れるが、既に彼女には男がいる様子だった。
そして時がたち、ジーンへの思いをつづったバッドの思いを歌にしたその歌が、トミーによって歌われていく。


※この映画の劇中歌われる歌詞の字幕制作は最低である。

この映画、ジェフ・ブリッジズやコリン・ファレル、そしてロバート・デュバルが口ずさむ歌詞に多大な意味があるのにもかかわらず、それをきちんと画面に出さない。超不満である。それがなされていたらこの映画の感動は少し違ったものになっていたに違いないのだが。
劇中、傷ついたバッド・ブレイクと一緒に釣りをするシーンがあるが、そのなかでロバート・デュバルがくちずさむように歌う詩があるのだが、これが実に素晴らしい。そしてこれがエンディングの一番最後に流れるのだが、ここは歌詞に字幕をつけてほしかった。たぶんあれがこの映画の総てだったと思うのだが・・。

映画の構成をまったく理解してないアホ字幕制作者に天誅を下したい。DVDが発売されるときには、もうすこしきちんと字幕をつけてほしいものだ。

by ssm2438 | 2010-08-23 08:47


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