西澤 晋 の 映画日記

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2010年 08月 23日

昼顔(1967) ☆☆

f0009381_13153499.jpg監督:ルイス・ブニュエル
脚本:ジャン=クロード・カリエール/ルイス・ブニュエル
撮影:サッシャ・ヴィエルニ

出演:カトリーヌ・ドヌーヴ (セブリーヌ)

       *        *        *

カトリーヌ・ドヌーヴって役者としては才能なかったのだろうな。

カトリーヌ・ドヌーヴを見たい人には意味のある映画だろうが、お話はかなり退屈である。でも、カトリーヌ・ドヌーヴのファンでない私でも、やっぱり彼女は十分な美貌の持ち主なので、ついつい見てしまう(苦笑)。そんな彼女が田園風景の中、木に両腕を縛られ、ムチ打たれ、、卑しい男に強姦される画面などみせられたらそそられずにはいれないというもの。
ただ、カトリーヌ・ドヌーヴからほとんどM性を感じないので、どこか空々しい感じではあるのだけど。この映画にかぎらず、『ひきしお』でも彼女が自ら犬の首輪をつけ、犬としてあつかわれることを望むシーンがあるが、これもどうも彼女自身がM性を発していないのでやっぱりどこか作為的過ぎる気がした。
M性って、自己否定性が強い人でなければだせないのだとおもったりする。彼女の場合はさりげなく自己顕示欲が強いので、周りの人はそのようなキャラクターを彼女に演じさせようとしても、やはりなじまない気がした。

・・・しかし、よくよく考えると、カトリーヌ・ドヌーヴって、どの役にもあまりなじまないかも・・(苦笑)。どっか空々しいのである。あの美貌だけでとりあえず客は引けるかもしれないが、感情移入をおこすまでに役になりきっていないというか・・・、それはどの映画をみてもそんな気がする。多分あまり役者としての才能はなかった人なのだと思う。どこかプライドがブレーキをかけて感情を出せない・・・そんな感じの人。

<あらすじ>
何不自由のない結婚生活をおくっているようにみえるセブリーヌ(カトリーヌ・ドヌーヴ)だが、感情の乏しい彼女はどこかそんな自分に劣等感を抱いていた。しかしそんなセブリーヌにも心のそこに被虐願望、あるいは自分を投げ出してしまいたいサレンダー願望があるのも感じていた。そんなセブリーヌは、彼女の友人から、セレブの妻たちが売春をしている館を教わる。その館を訪れたセブリーヌは、売春館の女主人アナイス(ジュヌヴィエーヴ・パージュ)から「昼顔」という名をもらい、毎日、午後の何時間かを行きずりの男に抱かれて過し、夜は貞淑な妻にもどる生活がはじまる。
そんな生活に充実感を覚えるセブリーヌだが、マルセル(ピエール・クレマンティ)という、金歯だらけの男にほれられ、夫と別れて自分のものになれと迫られる。セブリーヌが言うことを聞かないと知るや、セブリーヌの家におしかける。ピエールをそ撃した。ピエールは命を取りとめたが、体の自由がきかず、廃人同様となってしまった。しかし・・・。

ブニュエルの演出も、妄想や幻想が本線にわりこんでくる演出をしているので、よく分からないところがある。それ以上に見ている人が、理解しようとする気もなくなっていたりする(苦笑)。ラストで夫のピエールが車椅子から立ち上がるのだけど・・あれはいったいなんなんですか??? どうも意味がわからん???

by ssm2438 | 2010-08-23 13:16


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