西澤 晋 の 映画日記

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2010年 10月 10日

お葬式(1984) ☆☆☆

f0009381_8174145.jpg監督:伊丹十三
脚本:伊丹十三
撮影:前田米造
音楽:湯浅謙二

出演:山崎努(井上佗介)/宮本信子(雨宮千鶴子)

       *        *        *

やっぱり住職は笠智衆なんだ・・・。

しかし、「お葬式」とは、良いところに目をつけたものだ。
お葬式=悲しいというイメージがあるが、実はそうではない。厳かなようでその実態は「形式」と「建前」が全面に出てくる行事。これほど偽装が多いとい状況というのは、ドラマとして「本質」を語る上で、もっとも美味しいシチュエーションだったのだと再認識させられた。「それを描きたかったら、その反対側を描く!」--演出の鉄則である。

物語の中では、故人を想うよりも、とにかく式をとどこおりなくやってしまう・・という概念が先行している。実際の葬式でもじつはそういうものだ。たぶん、その人が死んで悲しむ時間はそれ以前にあるのだろう。すでに余命が長くないと判った時点でおおいにショックを受けるものだ。しかしそのあとは淡々と時間がすすむ。お葬式では、さらにたんたんと時間が進む。たぶん、行事をおこなうことで、その間だけ感情をニュートラルに入れてしまえるとがお葬式の最大の利点なのだろう。
そんなお葬式の本質をユーモアのセンスを交えて物語にしてくれたのがこの映画。映画の全編で展開される上辺だけをつくろうお葬式での人々の振る舞い。それを散々描いておいて最後に喪主の言葉。ここだけは「本物の想い」が語られる瞬間として描かれている。

伊丹十三の初監督作品。小説でも、漫画でも、処女作にはその作家の総てがあるって云われる。それまでやりかたったこと、やれなかったことを吐き出したエナジーがあるものだろう。この作品はそれほどまにエネルギーを感じるものではないが(あくまで表面的にだが)、のちのちの映画をみると伊丹十三映画のスタイルは既にここで確立されていたのだと思う。

ただ、個人的には画面作りに凝るひとではないので、それほど好きな監督さんでないことも事実だ。描く内容をなんとか説明するための画面作りをする人なのだろう。感性にうったえる画面は作れない人だ。

by ssm2438 | 2010-10-10 08:18


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