西澤 晋 の 映画日記

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2010年 10月 15日

ビフォア・サンライズ/恋人までの距離(ディスタンス) (1995) ☆☆☆

f0009381_922863.jpg監督:リチャード・リンクレイター
脚本:リチャード・リンクレイター/キム・クリザン
撮影:リー・ダニエル
音楽:フレッド・フリス

出演:
イーサン・ホーク (ジェシー)
ジュリー・デルピー (セリーヌ)

       *        *        *

カメラの<近さ>が実に残念・・・、もっと離れてとったらいいムードの映画になっていたのに・・。

ヨーロッパを旅行中のアメリカ人青年が列車のあかでフランス人の女子大生にである。その後ウィーンでしばしの時間をすごすその夜明けまでのささやかなイベントをつづったロードムービー。特に映画的なイベントを配しているわけでもなく、普通の男と女が出会い、たわいもない話から少しづつ心の接近を感じていく話。映画としてはきわめて良心的で好感の持てる映画である。

ただ、もったいないのが、このカメラの位置。被写体に近づきすぎるのだ。せっかく普通を描こうとしてるので、そのカメラの位置だと、そこにカメラがあることを見ている人は感じ取ってしまう。カメラの存在を感じさせるということは、すでに普通ではない。それはまさに映画を撮影している・・という意味になる。おかげで自然な感情移入が妨げられる。頭のどこかで、“ああ、これは撮られた映像なんだ”という観念がつねについてまわる。ドラマフィールドにカメラをいれてしまった映画の最大の欠点を露呈してしまった。

それはカメラの使い方と意味が分かってない監督リチャード・リンクレイターのいたらないさではあったが、本人は言葉を書くことを楽しんでいる人であり、カメラの持つ意味などを深く追求したことはなかったのだろう。それ以外はとても素敵な作品であるし、リンクスターの書く言葉はとても素直で魅了的だ。1995年ベルリン映画祭銀熊賞を受賞している。

<あらすじ>
ヨーロッパを旅するアメリカ人青年ジェシー(イーサン・ホーク)はウィーンに向かう列車で隣あわせに座ったセリーヌ(ジュリー・デルピー)となんとなく言葉をかわす。セリーヌはパリに帰る途中だったが、ジェシーは明朝にアメリカ行きの飛行機に乗るまで一晩をウィーンで過ごす予定だった。ホテルに泊まる金もないので一晩ぶらぶらするつもりだったジェシーは、彼女とその空白の時間をすごしたいとおもった。彼女は付き合ってくれた。

ウィーンの街を歩きながら話す。バスに乗って話す。見えるもの、観光名所などをネタにして自分を話す。食事をしながら話す。アルコールを飲みながら話す。そんな普通のやり取りをカメラは記録していく。

やがてジェシーはスペイン留学中の恋人にふられて傷心旅行中であることを話す。セリーヌも半年前に年上の恋人に深く傷つけられたことを話す。明日になればジェシーはアメリカに帰ることになる。カフェからくすねてきたグラスをにワインをつぎ、公園の芝生の上で最初で最後の夜をすごす。行きずりの恋か、一生の思い出か・・・・。パリ行きの列車をまつセリーヌに、いまからちょうど半年後、12月にこの同じホームで会おうと約束しいうジェシー。そして二人はそれぞれの場所へ帰っていくのだった。

by ssm2438 | 2010-10-15 11:34


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