西澤 晋 の 映画日記

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2010年 10月 19日

アドベンチャー・ファミリー(1975) ☆

f0009381_8402659.jpg監督:スチュワート・ラフィル
脚本:スチュワート・ラフィル
撮影:ジェラルド・アンカン
音楽:ジェーン・カウアー/ダグラス・ラッキー

出演:
ロバート・F・ローガン (スキップ・ロビンソン)
スーザン・D・ショウ (パット・ロビンソン)
ホリー・ホルムズ (ジェニー・ロビンソン)
ハム・ラーセン (とビー・ロビンソン)

       *        *        *

自給自足の生活が正しいあり方だとは思わないのだが・・・。

この映画に先立つ1974年から『大草原の小さな家』というテレビシリーズが始まっていた。日本でもNHKで放映され本国でのシリーズは9年にも及んだ。それは西部開拓時代の話で、大草原に一家を構えた家族の物語だった。次女のメリッサ・ギルバートがなかなかチャーミングでよかった(笑)。
それに目をつけた映画会社が「じゃあ、うちでも一発」とばかりにこの映画『アドベンチャー・ファミリー』を作ったのではないかと想像する。

ただ、こちらが現代である。都会の空気で体をこわした娘のためにロッキーの山の中で自給自足の生活をはじめるた一家の話。ただ、こちらの物語はは他人との接触がきわめて弱い社会であることが実に物語を面白くなくしてしまっているような気がする。無線機はある。郵便は水上飛行機が運んでくれる。近所と呼べるのは40キロ離れたブーマー爺さんくらい。そんな中での生活。この映画は3作がつくられるのだけど、最終的にはロッキーに残ろうといことで落ち着く。物語のどこでも「やはり都会にもどるのか、それともここで生きるのか?」という問は常になされているのだが、そこで自給自足の生活をすることがほんとに正しいことなのだろうか?という疑問がつねにある。
だいたい、子供の教育はどうするのだろう? 勉強だけなら教科書を空輸してもらえればいいが、社会性の部分はどうなのだろう? さらに恋愛は? これも人間としては重要な要素だろう。男の子にしてみれば、好きな女の子ができ、その子のハダカをみたいと想像するのは健全なことだが、その家では母と姉しかいない。そんな環境で正しい男の子が育つのだろうか?

さらに、物語を語る上で、恋愛関係のないドラマというのがほんとに面白いのだろうか? この映画シチュエーション的には『不思議な島のフローネ』に似ている。あれも、脳内で恋愛活動がおきないドラマだった。おかげでどうにもときめかなかった。個人的には家族だけの空間で処理する物語というのにまったく面白さを感じないのだが・・・。
ちなみに『大草原の小さな家』では、それでも他の人たちとのコミュニケーションはあった。なんだかんだと近所というものは存在していたのだ。それがあったから物語は成り立っていたのだが、この『アドベンチャー・ファミリー』は・・・どうもいただけなかった。

ただ・・・熊に襲われるところは怖かった。あそこだけは『グリズリー』モードだった(苦笑)。

<あらすじ>
ロッキーの大自然を見下ろしながら飛行機が飛んでいる。やがてその飛行機は着水し、4人の一家とおじさんがひとり現れる。娘の健康を考え、大都会ロスアンゼルスを離れ空気のきれいなロッキーの山奥で自給自足の生活をすることに決めたロビンソン一家だった。山での生活はスキップ(ロバート・ローガン)の夢であり、子供達にも大自然の中ですくすくと成長してほしいと考えていた。一家をのこしてj飛行機は湖面から飛び去っていた。無線機はある。郵便物や子供たちの教科書は飛行機が運んでくれる。はてしなく広がるロッキーの大自然、人里離れた生活が始まった・・。
親熊をなくした小熊を連れて帰ってきたり、ピクニックにいくと人懐っこい熊にあったりもした。しかし近所の(40キロはなれているが一番近い)のブーマー爺さんからは凶暴な人食い熊いるから気をつけろと忠告をうける。それでも山での生活は楽しかった。しかしジェニーが熱にうなされるようになり、医者を呼ぼうにもすると無線機は壊れている。医者を呼ぶためにいかだをつくり河を下っていくスキップ。
一方その晩残された一家は熊に襲われる。しかし森で仲良くなった別の熊が現れサンダ対ガイラ状態。凶暴な熊は追い払われ、朝になるとスキップがなんとか医者をつれてもどってきた・・。
やはり、都会へ戻るべきなのか・・、スキップは考えたが、一家はロッキーに残ることにする。

by ssm2438 | 2010-10-19 08:59


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