西澤 晋 の 映画日記

ssm2438.exblog.jp
ブログトップ | ログイン
2010年 10月 21日

続・個人教授(1976) ☆☆☆

f0009381_11412036.jpg監督:ジャン=バティスト・ロッシ
脚本:ジャン=バティスト・ロッシ
撮影:エドモン・リシャール
音楽:エリック・ドゥマルサン

出演:
フランス・ドゥーニャック (クロチルド)
オリヴィエ・ジャラジャラス (ドニ)

       *        *        *

どこからの「続」なんだ???

最近は続編がつくられると『・・・・2』とか『・・・・3』というほうが普通だが、以前は『続・・・・』とか『新・・・・』とかのタイトルがつけられていた。確かにきちんとその続編として描かれたはなしもあったのだけど、全然関係ないのに「続」とつけられるこもよくあった。この作品もまさにそう。ナタリー・ドロンの出ていた『個人教授』とはまったく違う話。
そもそも、あれは現代のパリを舞台にしてつくられた話だが、この『続・個人教授』は第二次世界大戦中の話。どこをどうしてもつながりなどない(苦笑)。こういう場合は『新・・・・・』ってつけるのだけど、実はすでに『新・個人教授』というのがあった。同じくナタリー・ドロンで撮られた映画だが、『個人教授』とは主人公の名前もなにもかも違う全然違う話なので『新・個人教授』とつけられたのだろう。文言の使い方としては正しい。そんなわけで、そのタイトルがすでにつかわれてしまっていたので、まったくなんのつながりも関係もないのだが、こんなタイトルがつけられてしまったのだろう。タイトル的にはかなり不幸である。

物語的には『個人教授』よりもこちらのほうが好きなのだが、どうもに主役の男の子がちょっとダメだなあ・・。
もうちょっと他の誰かいなかったのだろうか・・。 クロチルドを演じたフランス・ドゥニャックもそれほど好みというわけではないのだが、尼さん姿から普通のワンピースの服になるとすっごく開放感を感じさせる。さらに、尼さんルックがあたりまえの時に見せる彼女の下着姿・・とか、尼さんルックのコスチュームのもつ味を最大限に有効利用している。

そして、疎開後の開放感。戦時中で他のひとたちは命をかけて戦っているのに、自分たちはこんな片田舎でラブラブしているという罪悪感がありながらも、やめられない蜜の味。これ、傍からみると許せない二人だっただろう。「うちのとーちゃんは戦争にいってるのに、おまえらはー!!」みたな絶対許せない感情がわきあがってくるに違いない。それでもやめられない甘美な二人だけの時間。その背徳感にそむいてまでも一緒にいたい盲目的な溺愛。この世間と「自分たち」のコントラストは実にいい。
これで、戦争という背景がなかったら二人の付き合いもそれほど罪悪感はなく、インパクトがよわいものになっていたに違いない。

この手の作品のなかではモラル的に一番けしからんが、一番好きな映画である。
一番「けしからん」と思えるのは、きっと一番「うらやましい」ってことなのだろう。これくらい「うらやましい」を描いてくれた作品もそうざらにはない。貴重である。

<あらすじ>
第二次世界大戦、ドイツ占領下のフランス。14歳のドニ(オリヴィエ・ジャヤジャ)が病院へ慰問に行った時、美しい修道女クロチルド(フランス・ドゥニャック)に出会う。彼女は女子寮の先生もしていた。
自分の家とはまったく方向の違う彼女を送ったり、彼女のボタンを手に入れては大切にしまっておく。そんないじらしい想いを感じながらも、彼女は十歳も年上であり、神に生涯を捧げている身。その想いには応えられないのは分かっているが、ドニはにラテン語を教えるようになる。
※一応これで『個人教授』というタイトルには合致するようになる(苦笑)。

そんなラテン語の勉強をきっかけにして二人はより深く求めるようになる。日曜の昼下り、ドニが彼女の部屋を訪れた時、彼女の下着姿をみてしまう。腕を伸ばし、抱きしめ、やがて二人は結ばれた。

町に爆弾の落ちた日、息子の身を案じた両親はドニをひとり疎開させることを決意、クロチルドは、彼女の母の家で面倒をみると偽り田舎に疎開する。戦争が始まってから誰もいなくなった家は、二人にとって愛の巣となった。夏の明るい陽ざしの中で愛をむさぼる二人。修道服をドレスに換えたクロチルドは美しかった。そんな二人の仲が村人達の好奇の目にさらされるようになった頃、フランス解放の日が訪れた。
村の噂でやって来た院長の逆鱗にふれるクロチルド。しかし彼女の想いは消せない。神に捧げた誓いの指輪を返すクロチルド。しかし、ドニをクロチルドから引き離そうとする両親は、ドニを遠い寄宿学校に入る事にする。出発の日、友人の知らせで駅に駆けつけたクロチルドは、「私のことをわすれないで」となんどもドニを抱きしめる。


最後の別れのシーンはけっこう好きである。
ホームの内と外を隔てるサクを間にはさみ、お互いの顔をみえて抱きしめあう二人。カメラはドニの背中からクロチルドのアップを撮るいちからうごかない。ドニの後方からドニを連れ去る男たちが近づいてくるのが見えるのはクロチルドだけ。それでもカメラは男たちなど映さない。あと数秒のこの時間が終わると分かったクロチルドは「お願いキスして」とふたたびキスをせがむ。「来た?」と聞くドニもふりかえらない。そのままキスする二人。その状態が2~3秒すると男たちがフレームにはってきてドニをクロチルドから引き離す。
この最後の瞬間までキスしていたい・・というこのけっこうお気に入り演出であった。

by ssm2438 | 2010-10-21 11:58


<< ピクニック at ハンギングロ...      個人教授(1968) ☆☆ >>