西澤 晋 の 映画日記

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2010年 10月 22日

氷壁の女(1982) ☆☆

f0009381_15554164.jpg監督:フレッド・ジンネマン
脚本:マイケル・オースティン
撮影:ジュゼッペ・ロトゥンノ
音楽:エルマー・バーンスタイン

出演:
ショーン・コネリー (ダグラス)
ベッツィ・ブラントリー (ケイト)
ランベール・ウィルソン (ガイドのヨハン)

       *        *        *

こらジンネマン、おまえが執着心を否定する映画を撮ってどうする!
ジンネマンにはいつまでもジンネマンでいてほしかった・・・。電池のきれたジンネマンのような映画だった。


アルプスにやってきた初老のイギリス人男性と、彼とはちょっと不釣合いな若い女性、そこにスイス人ガイドがからみ、水面下のメンタル劇が進行するとともに、その夏の5日間が描かれる。何度か山に登りながら二人の関係が回想としてかたられる。

『ジュリア』『ジャッカルの日』『わが命つきるとも』など、怒涛の圧迫感んもなかで己を通す主人公描く名匠フレッド・ジンネマン。大好きな監督さんの一人ではあるが・・、これはちょっとどうだったかな。悪くはないけど・・・ジンネマン作品のなかではちょっと物足りなさを感じてしまった。やっぱりこれはいつものジンネマン・怒涛のボディプレス圧迫感がないせいか・・(苦笑)。

雪山ものといえば・・・どうしてもクレバスが怖い(苦笑)。その雪の橋が渡れるのかどうか、いつもそんなシーンでどきどきしてしまう。そしてあるのかなのか微妙ななかでの三角関係。ほのかな殺意が芽生えそうでもあるシチュエーション。いつものような怒涛の圧迫感はないのだけど、さりげない真理サスペンスにはなっている。でも、結果的には・・・残念な展開だったかな。ジンネマンの作品のわりに「執着心」が弱いのである。
これまでのジンネマンの作品というのは譲れない想い、絶対的な執着心があったのだけど、この映画では、その執着心を自ら否定しようとする人たちの映画になっている。おかげでいつものジンネマン・モードにはいたらずなにか肩透かしをくったような印象で終わってしまった。

この映画が成立するためには、個々の圧倒的な(いつものジンネマンの)執着心が根底にないといけないのだと思う。それを、それぞれの立場の人が理性で考えて「いや、この執着心はおさえなければならない」と個々のなかで葛藤すればもっと話は深刻で深みがあるものになっていただろう。
ショーン・コネリーにしても、自分はもう老い先短いおとなだし、いつまでもこの娘を自分につなぎとめておくわけには行かない・・ってのは充分にわかるし、だから執着心を表現しづらい立場にいる。女性のベッツィ・ブラントリーも、この人はずっと憧れての人だけど、現実的には私のもとめるべき人ではないのだろうと思いつつ、今の時間を愉しんでいる。このふたりのあり方が実に普通で、映画になりづらいというか・・、もっと「そんな理性的なことはわかっているのだけど、でも今は二人でいたいのよ」のパッションが出てたらドラマ自体がなっとくできるものになっていたのに・・。
もうちょっと踏み込んで作れなかったものか・・・。

<あらすじ>
1932年。スイスアルプスの小さな駅におりたつ初老の男と若い女。ダグラス・メレディス(ショーン・コネリー)とケイト(ベッツィ・ブラントリー)である。ダグラスはケイトの叔父にあたる。ケイトは子供の頃からずっとダグラスを想っていたのだ。ダグラスは結婚していたが、やがて二人は関係をもつようになったのだ。
食堂にガイドのヨハン(ランベール・ウィルンン)がやって来て、メレディスと明日の登山の打ち合わせをする。

2日目はならしの登山。途中雨がふりはじめ、岩壁の下で雨宿りをつつ、初エッチのときの回想。

3日目は、いよいよ雪山にトライ。クレバスをジャンプして越そうとするがダグラスは跳躍に失敗してスリップ。ヨハンにひっぱりあげられる。そのときピッケルを落としてしまい、。ヨハンがピッケルを探しにおりていくと、そこで氷に埋まっていた人間を発見。死体は40年ほど前に、婚礼の前日に行方不明になった男だった。
夕方、ケイトはヨハンに「私はダグラスの妻ではない」と告げる。

4日目の朝、ヨハンが部屋まで迎えにきてベットのなかのダグラスとケイトを見る。ケイトのことを想い始めていたヨハンは心中穏やかではない。その夜は山小屋ですごすことになる。女性用のベッドにしのんで来るダグラス。ヨハンはそっと小屋を出る。やがてケイトも外へでてきた。

5日めの早朝。ヨハンとダグラスは山に登り、ケイトは山小屋に残る。山頂で、ヨハンはダグラスに「貴方はケイトさんを幸せにできない」と言い揉み合いになる。ダグラスにしてみれば大きなおせわなのだ。ぶぜんとしたまま2人は厳しい処女峰を降りてゆくが、落石に遭う。戻ってきたのはダグラスだけだった。葬儀が行なわれ、査問会で足留めされるダグラスが「待っててくれるかい?」と問うと、ケイトは首を振り去ってゆく。

by ssm2438 | 2010-10-22 15:56 | フレッド・ジンネマン(1907)


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