西澤 晋 の 映画日記

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2010年 11月 12日

フェリシアの旅(1999) ☆☆

f0009381_6334551.jpg監督:アトム・エゴヤン
音楽:マイケル・ダナ

出演:
エレイン・キャシディ (少女フェリシア)
ボブ・ホスキンス (中年男ヒルディッチ)

       *        *        *

スウィート・ヒアアフター』アトム・エゴヤン監督作品である。当時、『スウィート・ヒアアフター』を見た後だったので、無性に見たくなって劇場に足を運んだ映画だった。ただ・・、これは思ったよりも普通なできばえ。悪くはないのだけど・・・。

ただ、一つだけ明確になったことは、アトム・エゴヤンって少女愛好家だということだ。ロリーというよりもそれよりちょっと上の14~16歳あたりのハイスクールに入りたてのころの女の子が好きそうだ。といっても私がみたエゴヤンの映画はこの2本とあと『エキゾチカ』の3本だけ。しかし、この3本をみるだけでもその性癖が如実に伝わってくる(苦笑)。

17歳の少女フェリシア(エレイン・キャシディ)は、連絡がとだえた恋人ジョニーを探しに故郷のアイルランドをあとにした。バーミンガムへたどりつたフェリシアだが、行く宛てもなく不安げに通りにたたずんでいたそこに優しそうな初老の男ヒルディッチ(ボブ・ホスキンス)が声をかける。地元のレストランの支配人である彼は、一見親切そうだが、実はひとり旅の少女に声をかけては家に連れ込んで殺している殺人鬼だった。そして何度かの偶然を装いながら、ついにターゲットであるフェリシアに彼の屋敷へ呼び寄せることになる。

f0009381_634968.jpgこの映画、少女誘拐犯の男を扱ったサスペンスなのだが、物語のポイントはそこではない。孤独な二人の心の触れ合いなのだ。
ヒルディッチというキャラクターは、そこそこ大きな屋敷に一人で住んでいる。多分その庭の地面の中には殺された少女たちの遺骨がうまっているのだろう。そんな彼の趣味は、彼の母親(既に死亡している)のビデオを観ながら料理をつくること。彼の母は人気料理番組の料理人だった。テレビを見ている前の人々にむかって快活なトークで料理の作り方を教えていく彼女はなかなか魅力的な女性にみえる。しかしヒルディッチはその女性から愛を感じたことはなかったようだ。
そんなわけで、彼は女性の愛を信じていないのである。
女とは、

男に対して愛想をふりまくだけで、心底から男を愛することはない。

・・そう、それを知っているのである。だからなのだろう、この男は女の子を誘拐しては、そのことを確認し、それが確認できれば殺していく。自分が愛されなかったのも仕方がない・・と納得しているのだろう。
物語のメンタリティの構造としてはなかなか悪くない構成だ。

ヒルディッチの女性観は、実にミケランジェロ・アントニオーニの愛の不毛3部作(『情事』『夜』『太陽はひとりぼっち』)的な捕らえ方ににている。ただ、この映画にいたってはそこに母親の愛までもを否定しているところは例外的な要素だ。そしてこの要素こそが、アントニオーニのような真実追求型のドラマではなく、サスペンスとして成り立たせている要素なのだ。
そして、とことん少女に愛されたいアトム・エゴヤンは、最後に主人公を信念を、フェリシアによって打ち砕かせるのである(苦笑)。

フェリシアは元彼(本人はまだ彼だと思っているのだろうが)の子供を妊娠していた。ヒルディッチの言葉に、フェリシアは中絶手術を受ける。手術後、体力を失って床につくフェリシアに魔の手を伸ばそうとするヒルディッチ。だが結局、ヒルディッチは彼女の純粋さの前に屈する形で、手をかけることなく彼女を逃がし、自ら首をつって命を断つのだった。

映画としては悪くないのだが・・・、なにかイヤなのが、アトム・エゴヤンの女の子に愛されたい願望が、どうも鼻につくところ。正直なのはいいが、この映画の向こう側にそれを強烈に感じるので、ある種の嫌悪感がぬぐいされないのである。

by ssm2438 | 2010-11-12 06:44


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