西澤 晋 の 映画日記

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2010年 11月 30日

華氏451(1966) ☆☆

f0009381_7504167.jpg監督:フランソワ・トリュフォー
原作:レイ・ブラッドベリ
脚本:フランソワ・トリュフォー/ジャン=ルイ・リシャール
撮影:ニコラス・ローグ
音楽:バーナード・ハーマン

出演:
オスカー・ヴェルナー (モンターグ)
ジュリー・クリスティ (クラリス/リンダ)

       *        *        *

コンセプトがナンセンスなファンタジーなのでそこに入っていけるかどうか・・・

原作はレイ・ブラッドベリの小説なので、「SF」といっても「サイセンス・フィクション」ではなく、「サイエンス・ファンタジー」に属するものである。

この物語は、本の所持や読書が禁じられた架空の社会の話で、情報が全てテレビやラジオによる画像や音声などの感覚的なものばかりの社会。本の所持が発見された場合、「ファイアマン」(消防士)と呼ばれる機関が出動してこれを焼却し、所有者は逮捕されることになっていた。この世界では、政府による情報の一括化tんりが行われており、それはテレビとラジオで行われている。本は有害な情報を市民にもたらす可能性があるというのだ。そこでは密告が奨励され、市民が相互監視する社会が形成されていた。しかしその結果、人々は思考力と記憶力を失い、わずか数年前のできごとさえ曖昧な形でしか覚えることができない愚民になっていた・・という社会設定。

ブラッドベリ自身は「この作品で描いたのは国家の検閲ではなく、テレビによる文化の破壊」と2007年のインタビューで述べているらしい。(ウィキペディアより)

この映画を私がはじめて観たのは10代のおわりで、子供時代には読書をすることが大嫌いだった私にとっては、「そんな夢のような社会あるのか!」って思ったものだ。
子供の頃の私にとっては、本を読むということは悪夢であり、読んでも何が書いてあるのかわからない。読もうとしても上手く読めない。国語の時間で本を読まされる番がまわってくるのは恐怖の時間であった。のちに判ったのだが、どうやら「読書障害」と呼ばれるものだったようだ。さすがに現在になると学習障害のひとつとして世間的にしられるようになっているようだが、40年前にはそのような概念はなく、私のように「読書障害」を持つ子供にとっては理不尽な時間だった。周りの人は、どうやら文章を読むとその内容を理解しているようなのだ。子供のころの西澤少年にとって、それは理由がわからない不可解な現象だった。
40代になり、TOEICで900点めざして猛勉強したあと、次に英検一級をめざして勉強し始めたのだが、その重要英単語のなかにディスレキシア=読書障害という単語がでてきたとき「あれ?」って思い、調べてみると、不思議なことに自分がそれに当てはまることが判った。アルファベットを使う英語圏と漢字をつかう日本とではその読書障害の症状は多少異なるようだが、文字データからその内容を理解する能力に不具合をもった人というのは確実に存在している。今年の夏、中学の時の同窓会がありそこで、以前好きだった同級生の女性と話す機会があり、彼女も読書障害で「国語の時間は恐怖だった」という共通認識を確認できたことは妙に嬉しかった(笑)。不幸の共有も、好きな女の子となら、時には幸せになるのである。

しかし、そんな私がみても、この物語のコンセプトはどうにもナンセンスなものだった。活字文化でそだってきたレイ・ブラッドベリが急速に発展してきたテレビ文化に嫉妬し、テレビ文化を案に適役に仕立て上げて物語を擁護ているとしか思えないしろものだった。

<あらすじ>
知識や情報は国家が運営するテレビによって伝達され、人はそのとおりに考え、行動していれば平和な生活ができる社会。そこでは読書は禁止されており、反社会的という理由で消防士たちによって焼きすてられた。モンターグ(オスカー・ヴェルナー)はその消防士の一人でる。ある日彼は妻とうりふたつの若い女クラリス(ジュディー・クリスティ)と知り合う。テレビのままに動く無気力な妻の空虚な生活にひきかえ、クラリスは本に熱意を持っていて、モンターグにはとても刺激的だった。そこでモンターグは生まれてはじめて本を読み、その魅力にとりつかれていく。それを知ったリンダは、夫が読書をしていることを密告する。
そのことは知らず、辞職を申し出たモンターグだが、隊長の説得にあい、その日だけは出動することになる。しかし行き先は自宅だった。庭につまれた自分の本を焼きすてるように命じられたモンターグ。絶望したモルダーグは、家そのものまで焼こうとするが、隊長に制止しされる。逮捕されそうなったモルダーグは隊長に火焔放射器を放射、殺してしまう。殺人犯としておわれたモンターグは以前クラリスが話してくれたことのある「本の人々」が住む国だった。そこでは人々が本を記憶しているのだ。しかしそこにも消防隊は押し寄せる。すべての本が焼かれた。森のなかで本を暗誦しながらただよう人々の上に雪降ってくる。

ラストシーンはきわめて幻想的であり、情緒性にあふれた忘れがたい名シーンだろう。

by ssm2438 | 2010-11-30 07:51


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